南 郁夫の野球観察日記(114) 近くて遠い甲子園

2022年5月25日 (文・写真/南 郁夫)

なんと先日(5月20日)阪神ー巨人@甲子園球場に行ってきたのだ。プロ野球「ど真ん中」のメジャーな人気カードに!もちろん(笑)自主的にではなく、長年の友人にお誘いいただいて。阪神ファンみんなが待ってる「年間シート余ったんやけど行かへん?」パターン。というわけで、柄にもなく国民的人気カードに潜入である!

ところで、私の家から一番近い球場は甲子園。生まれ育ったのは西宮市。阪神ファンじゃないのであまり行く機会なくとも(せいぜいオリッの交流戦かファーム試合)、あの「巨大遺跡」のような球場が放つ歴史の重みは、昔から体に染み込んでおる。何と言っても恐れ多い、その絶大なる認知度。関西では「甲子園球場に行く」というのは、遊園地に行くのと同等の「レジャー」。老若男女公認の、大衆の娯楽なのである。

職場で「今日、甲子園のチケットが手に入ったので、はよ帰りますわ!」と堂々と言えば、同僚たちは「それはそれは。すぐ行っといで」と送り出してくれるだろう。「オ、オリックスの試合に行ってきます」と震える声で言っても「何やそれ?仕事片付いてからな」と冷んやり言われるだけだろう。知らんけど。でもたまには私も、メインストリームの大衆娯楽を味わってみたい。ありがとう、ご招待!

球場に到着してみれば、周辺はすでに思い思いの応援衣装に身を包んだファンたちで溢れて、祝祭気分満点。せ、戦闘服。ウププ。どの顔もなんだか試合前から(選手以上の)やる気に満ち溢れており、こんな雰囲気は、少なくとも私の馴染みの球場にはきっぱりない。ここ最近続いていた球場整備は完了したようで、どこもかしこもきわめて綺麗。「古色蒼然」という雰囲気がすっかり失われたのは、残念だが。

さて。お誘いいただいた席は、SMBCシートなる一塁側のフィールドにめちゃ近い場所。京セラや神戸ならフィールドシート?というグラウンドレベルで、本当のファンに申し訳ない。選手の顔見ても誰が誰やら… なので。場内はもちろん満員で、やはり4万人もの人がいるという迫力は圧倒的だ。一人ずつ1円もらったら4万円にもなるのだっ… そんなもんか。歓声が銀傘にこだまするあの独特の「うぉぉぉぉ」という声のうねりを、久しぶりに体験。

えーっと選手が、ぜんぜんわからんの~。両軍選手がオールドスタイル・ユニで選手名表示がないので、余計にわからん。巨人の左打者で24?大森?阪神の黒人選手で31?カークランド?ちうくらいの朦朧知識。ナマで甲子園で巨人の選手を見るのって、呂明賜がいたとき以来やもん(そんときもご招待)。バックネット裏で「ろ!」て叫んだら、ネクストバッターサークルにいた呂が黙ってうなづいてくれたもん。て、いつの話や!

で、そのオールドスタイル・ユニの色が!ホームの阪神が墓石みたいなグレー、ビジターの巨人が白ちうのが、混乱に拍車をかける。正直、私はたびたびチームを間違えて試合を追っていた。招待いただいた阪神ファンの友人が説明してくれなければ、近本(#5)を見て「ナカジ、体小さなったなあ」とずっと思っていただろう。まあ、さすがに糸井はすぐわかったが。

試合は、どちらのチームも打てそうな感じが全くせず、そこはなんだか馴染み深くて親しみを持った(この日だけのことだったのかもしれないが)。阪神の青柳は素晴らしいサイドスローで「好きだな」と思った。でも、私でも知ってる選手(丸、中島、糸井など)はある程度の存在感はあるが、それ以外の生え抜きのキャラが思いのほか薄く、どこの球団も同じような問題抱えとるんかなあ、と感じた。昨年の交流戦で光ってた佐藤輝も、ちょっとオラオラ感が薄れてた。

私が選手より感銘を受けたのは、実は球場の照明。すごくクッキリと明るくなっている。しかも電球の数が随分減っているような気がする。友人によると今年からLEDに変わっているとか。たぶんこれはあの幻の(じゃない?)東京五輪の国立代々木競技場の照明を手がけたP社の仕事だな。度肝を抜かれたのが、イニング間の演出で照明が「?」マークや「→」マークになったりすること!こんな照明塔見たことないよー。でも… 昭和の薄ぼんやりした電球照明も嫌いではなかったって、これは懐古趣味だな。

あと、巨人の若手?がチャンスのとき「高校野球」のようにベンチ最前列に整列して声援を送るというシーンを目撃し、衝撃を受けた。あれは… やらされてるんですか?自主的ですか?ちょっと見ない間に巨人は全然意味のわからんチームになっている。

岡本(この選手の技術はすごい… え?年俸3億?そらそうか)のタイムリーで奪った2点を巨人が最終回まで守りきって、阪神無得点のままファン「騒ぎどころなし」で試合終わるのかあ?暴動ですかあ?という9回裏に原監督が動きすぎて… 。あと一人で今村から代わったデラロサが大山に「そこだけはあかんっ」とこに投げて、土壇場・同点2ラン。9回途中に継投するってセ・リーグでは普通なのか?

その瞬間の4万人の雄叫びは、明らかに昨年のプレイオフでオリッ・小田がサヨナラバスターを決めた瞬間のそれより数倍凄くて、私はマジで腰を抜かした。なんというか、地獄の底から響いてくるような声なのだこれが。こんなに多くの人が一斉に吠える地響きのような声は、パの球場では聞けるものではない。大量のビールや焼き鳥で阪神ファンの体内にエネルギーが爆発的に充満しているからだろうか?

不満を蓄積させていた阪神ファン(子どもも多いから)が一気に喜びを爆発させる光景を見て、私もホッとした。ガス抜きせんとね、ガス抜き。前席の若者グループは試合展開に関係なく元気に「楽しい大騒ぎ」してて微笑ましかったのだが、彼らが報われたのもよかった。あ、甲子園ではさすがに「大声」取り締まりはなし。そんなもん無理とわかっているからだろう。あれ?そういや入場時検温もなかったような… 。

んが。試合はそこから「底なし沼」のような延長戦に突入。両軍決め手なしのまま徐々に観客が減るなか、延長12回表に中田翔!のタイムリーなどで巨人が4点取ったときには、満員だったはずの阪神ファンは1/5くらいに減っていて笑った。でもしょうがない。時刻はもうすぐ11時。帰れなくなるもんね。

明石に住む友人もとっくに帰ったが、家近でどちらのファンでもない私は、上機嫌で最後まで観戦。そこは、どんなカードでも家訓「観戦した試合は(何点差で負けていようが)最後まで見届ける」は守る。両チーム最後まで死力を尽くしてたからね。やはり、そういうのは見ていて心温まるものだから。電光掲示板には各方面への最終電車の連絡経路が「乗換案内」アプリのように詳細に表示され、さすが電鉄会社経営の球団よなと感心。

結局、12回裏の阪神の攻撃が三者凡退に終わったときには11時過ぎ。そのとき、夏を予感させる夜風がすうっと球場を通り抜け、場内に充満した「焼き鳥」臭を一掃していく。すっかり閑散としたスタンドで、私はのんびりと満足感に浸るのであった。日本で人気1、2位チーム同士の延長12回。楽しかった。最後まで観察してよかった。

選手もファンも消えてほぼ無人の巨大な甲子園球場が、照明で浮かび上がっている。このとき初めて私は球場そのものと対峙し、ふとその「人格」を感じたのだ。数限りない野球の記憶を埋蔵したこの威風堂々とした球場が、無言で私に何かを語りかけてくる。それが何かはよくわからないが、あまりにも大きな存在感に思わず拝みたいような気持ちになった。

やはり甲子園球場は、特別だ。野球そのものだ。数多の選手やファンは浜風のようにそこを通り過ぎるだけ、なのである。

 


<過去コラム一挙掲載!>
オリックス、元メジャーリーガー、女子野球…ベースボール遊民・南郁夫の野球コラム集。

 

南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」ブログ「三者凡退日記」
著書「野球観察日記 スタジアムの二階席から」好評発売中!
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