南 郁夫の野球観察日記(117)所沢遠征「山本由伸のノーノー」を現地目撃!

2022年6月19日 (文/南 郁夫、写真/Yasutomo)

6月17日(金)~18日(土)。所沢での西武戦を目当てに、オリッを追っかけて久々の遠征観察に「東征」してきた。と言っても、ご存知のように応援団的な気合はゼロ。改装された「西武屋根付き球場」がどんなんかなー?と物見遊山気分で行っただけである。そんで気楽な紀行文でも書けばいいやあ、と思っていたら、やはり「持ってる」オトコは違う!

18日(由伸の番号!)にとんでもない事件に遭遇してしまったのであるっ。なので、まずはその歴史的現地レポートからお届けしよう。

山本由伸がエースナンバー18を輝かせて最終回もマウンドに上がり、スタンドから張り詰めた拍手が沸き起こる。優勝がかかった昨年終盤に、何度か目撃した光景である。しかし、この日は緊迫の質が、ちと違う。記念すべき6月18日(土)西武戦@ベルーナドーム。なんの変哲もないワンオブ公式戦が、事件になろうとしている。先発の山本由伸はこの時点でまだ「1本のヒットも打たれていない」のである。

こういうとき。昨年のクライマックスや日本シリーズの山本の背後には「チームを勝利に導く!」という炎のオーラが見えた。しかし、この日の彼の表情はちょっと硬く、また質の異なる「事の重大さ」がこちらにもひしひしと伝わってくる。点を取られなければいいわけじゃない。1本のヒットも許されないのである。

しかし。代打の呉念庭に投じた初球のストレートが響かせたキャッチャー若月のミットの「悲鳴」を聞いて、私はまたぞろ山本由伸に驚かされることとなる。彼はいったい何速あるのかまだ誰にもわからない「例のギヤ」をまた、一段上げたのだ。上げた音が、した。こうなったら誰にも止められるわけはなく、あっさりツーアウトを奪う山本。2人目の代打・森友哉を見逃し三振に取ったストレートの金属質の軌跡と「おおおおぉぉぉ」という唸りのような歓声を、私の五感は永遠に忘れないだろう。

あと一人。立ち上がったファンが両手で差し上げる無数のスマホが「無数の山本」を映し出す中、最後の打者は「ただひとり4打席目が回ってきた」1番・川越。「青雲♪それは~♪」の登場曲がさすがにこの状況で場違いに流れた後、ついにそのときが訪れる。

力のないゴロがファーストに転がった時点から、ちょっと私の記憶はあやふやなのである。解放された緊張感、優勝したかのようなフィールド上の大混乱、すごいもんが観れた!という喜びと驚きで、しばし頭がホワイトアウト。

こういうものの「達成の瞬間」定番といえば、見届けたピッチャーが万歳、マウンドに駆け寄るチームメイト!であろう。だが今回は、ベースカバーに入った主役が最後のアウトを自分で踏みしめてエンディング→そのままもみくちゃという「劇的」な流れだったので、余計にこっちも大興奮してしまったのである。いやあ、長い野球観察人生で初めてこういう場にいることができた。しかも観察遠征先で!こちらまで、妙な達成感に包まれてしまう。

この日は、所沢遠征の2日目。前日、はしゃいでこの急勾配の球場を登山のように駆けずり回ったせいで(知ってる人ならわかるね)かなり疲弊していた私は、実は山本と平井という好投手の投げ合いにかなりの睡魔に襲われていた。「現地で見るなら打撃戦プリーズ!」ちう野球素人なのでね。そんな私が「ん?」と気づいたのは、7回。そこから勝手に緊迫しただけなので、ファンとは気楽なものだ。

8回に2点目をもたらしたマッカーシー大佐のスリーベースと「なんとかしてくれる」中川の犠牲フライと代走・佐野皓大の快足が、結果的には本当に大きかった。投手を油断させないように「わざと」最小限しか点取らない!これがオリッ打線。ウソつけ。

山本由伸がすごいのは…「これは始まりに過ぎないのでは?」と誰もが思うところだろう。異常気象のように到来した「投高打低」の今シーズンのプロ野球。マジで一度達成したら堰を切ったように「何度もやりそう」だ。まだ「完全」も残してるし。これほどの偉業の後に、ちょっと硬い表情のまま謙虚にヒーローインタビューを受ける彼を見てると、そんな気になる。

昨年の日本シリーズ最終戦、山本由伸は全国区の「神話」となった。それを裏付けるようにアウェーでの人気もすごく、試合前にブルペン(が見えるのはいい球場の証!)で投球練習を始めるだけで大騒ぎ。西武ファンでさえも至近距離で鑑賞しようとブルペンに大勢詰めかける光景に、嬉しくなってしまった。停まって見てたら係員に怒られるので、ファンがブルペン周辺の通路を「通りがかりですがになにか?」と移動する「山本回廊」が自然に発生し、笑う。山本由伸は誰もが近くで鑑賞してみたい「名画」なのである。

ちなみに、この日ブルペンに上がったのは、山本由伸ただ一人。中継ぎ陣もクローザーも誰も肩を作らなかった。

試合後、この球場は時間差退場のための秀逸な手段「フィールドウォーク」を行うのだが、ノーノーの余韻冷めやらぬ中、多くのファンが「山本由伸タオル」を掲げて記念すべきスコアボードをバックに写真を撮っていた。中には慌てて購入したのだろうか、西武ユニで山本タオルを掲げて記念撮影してる人も少なからずいて「VIVA!パ・リーグ」と心の中で叫んだ(多分、声には出てないと思う)。菅野にノーノーをされた阪神ファンがこんなことをするだろうか?それを周囲の阪神ファンが許すだろうか? …知らんけど。

さて。「由伸ならその時刻までに試合を終わらせてくれるはず」と、14時開始の試合前に専属カメラマンが予約してくれてた17:30発「西武球場前ー池袋直通・特急ラビュー」の出発時刻にも楽々間に合い、「最高の気分」のまま快適に西武球場を後にすることができた。普通の経路だとけっこう乗り換えとかだるいのだ、西武・池袋線。

電車内でチェックすると、やられた西武側のコメントは「1敗は1敗だから」(辻監督)「早くメジャーに行って欲しい」(山川)との脱力ぶり。素晴らしい。この「武蔵野台地のナチュラルさ」が西武ライオンズの魅力なのである。ノーノーやられたくらいで「屈辱の…」とか、マスコミもそういう時代遅れの見出しやめたほうがよい。

山本由伸くん!日本のエース!

私の所沢観察遠征を望外の「すごいもん」にしてくれてありがとう。君にはこれからも何度も驚かされ続けるんやろなあ。

*1日目の様子や素敵なベルーナドーム大観察の模様は、続編にて!

 


<過去コラム一挙掲載!>
オリックス、元メジャーリーガー、女子野球…ベースボール遊民・南郁夫の野球コラム集。

 

南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」ブログ「三者凡退日記」
著書「野球観察日記 スタジアムの二階席から」好評発売中!
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