スポーツイラストレーターT.ANDOHの「OUTSIDER’s ReCALL」(5)マック鈴木とサーパスと北神戸のブルペンのこと

2022年8月18日 (文・写真・イラスト/T.ANDOH)

こんにちは。

イラストレーターのT.ANDOHです。

前回に続き、マック鈴木氏との思い出を少し聞いてください。

8月20日のビジター観戦会トークイベントではせっかく、16年ぶりのマック鈴木氏との再会と、その感動からはじき出る僕の狼狽っぷりを皆さんに笑っていただこうと思っていたところ、家族がコロナになりまして…(涙)

皆さんとマック氏への健康被害も考慮し、断腸の思いで今回のイベントの不参加を決断いたしました(T T)。

マック鈴木を見たくてサーパスの試合にもよく出掛けたとお話しました。

2000年から6シーズンにわたり、オリックスのファームチームは「サーパス」と名乗り、ファームチームの独立採算を目指していました。

アメリカのマイナーリーグの考え方を取り入れようとしたんですね。

ついでに、
いまで言えば「ネーミングライツ」と「ブランディング」という、当時にしては新しすぎる施策を興していたことにもなります。

すごいんですよ。オリックスって。

ほんとうは(笑)。

でも、人気がなかったからこそ、こういう施策が生まれたとも言えます。

そんなサーパスの本拠地は「あじさいスタジアム北神戸」

この球場は内野席の奥にブルペンがあって、そのブルペンを見下ろせるように芝生席が囲っていて、ブルペンで投げ込む選手、後ろでリラックスする選手たちのいろんな表情を、芝生に腰を下ろしながらのんびりと観察することができました(笑)。

マック鈴木は、そのブルペンの”ボス”的存在でしたね(笑)。

若手選手に囲まれて、そのおっきな身体でベンチの真ん中に君臨されていました。

マックさんはいつもご機嫌でしたよ。

とにかく笑顔の多かった印象がありました。

若手選手をイジることもありましたが、「これ○○が投げてた」って、メジャー仕込みの変化球のかまえを見せてみたり…。

そのブルペンでのやり取りからも、ほんとうに野球の「ジャーニーマン」、マック鈴木の底抜けの明るさと、その裏の自信と強さ…

ほんとうのマック鈴木像を垣間見ることができたと思います。

「野球があれば、どんなところでも生きていける」

マックさんの著書やインタビューなどでもたびたび耳にした言葉です。

アメリカのメジャーリーグ、マイナーリーグってほんとうにタフな世界なんです。

「来年は同じ選手と野球ができない」

なんて悲しむのではなく、

「来年はまた新しい仲間と野球ができる」

そんな環境なんです。

そんな一期一会なシーズンを一緒に旅をし、同じ釜の飯をまさしく食べる環境…

本当のマイナーリーグは、その釜の飯すら取って争うそうですけどね(笑)。

短くて濃密なシーズンを過ごすなかで、ブルペンでのチームメイトとの談笑は、野球を学ぶ場でもあり、競争社会をちょっと忘れて野球場に吹く風を気持ちよく感じる。

そんな一瞬なのかな。

海外の、タフで毎年が勝負の人生を送ってきたマック鈴木流の「野球場での過ごし方」を見られたようで、

マックさんのメジャーリーグでの活躍に憧れた僕にとっては、ある意味プレーしている時よりも、マックさんらしい姿を見られたような気がします。

そんな感動を胸に秘め、待機ベンチの真ん中にやっぱり君臨しているマックさんを見てました。

仲の良かった選手は、左腕の岩下投手や、キャッチャーの長田勝捕手(現広島カープのブルペンキャッチャー)、「ボブ」と呼ばれていた久保捕手などだったでしょうか。

外国人選手の会話相手になっていたりもしましたね。

イベント当日は、「野球観察日記」著者の南さんとも、そんな当時の話が出てくるかもしれません。

ほんとうに行きたかったですけど、僕の分も当時の貴重なお話を楽しんでください。

次回は… そうだ。

サーパスで見かけた「メジャー流」生き残り方を体現したある投手のエピソードでも語りましょう。


スポーツイラストレーターT.ANDOH

おもにスポーツを題材にしたイラストやデザインの創作で、スポーツ界の活性に寄与した活動を展開中。

プロ野球やプロバスケBリーグのチーム、選手にイラスト提供。

オリックス・バファローズには伏見寅威選手、中川圭太選手にロゴデザイン、イラスト提供中。

名古屋在住にも関わらず20年来のオリックスファンであり、その由来とイラストレーターの起源は神戸にある…!?

 

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