スポーツイラストレーターT.ANDOHの「OUTSIDER’s ReCALL」(2)人気のないオリックスに出会ったことが沼のはじまりでした

2022年7月26日 (文写真・イラスト・文/T.ANDOH)

こんにちは。

イラストレーターのT.ANDOHです。

日本一きれいな球場「グリーンスタジアム神戸」に大きな絵を描かせてもらった2001年のことをお話しました。

そうです。

フィールドシートであったり、総天然芝であったり…

他にももちろん特徴のある、地元のファンに愛される野球場はたくさんありましたが、「ボールパーク」という定義を日本球界に投げかけて球場を改造したのは、この時のグリーンスタジアム神戸の「ボールパーク化計画」が初めてです。

イチロー選手がいなくなり、ユニフォームとともにイメチェンされたグリーンスタジアム… もとい、この年からネーミングライツも全国で初めて取り入れて「スカイマークスタジアム神戸」となりましたが…

めんどくさいのでグリーンスタジアムと統一しましょう。

この頃のパ・リーグは、オリックスに限らずどこの球場もガラガラで、イチローがいても満員でお客さんがあふれたのは優勝を果たした3シーズンほど。

年々減っていく観客動員の下落にオリックスも一手を打った計画でした。

フィールドシートは、グリーンスタジアムが絶品だと思っています。

他の球場は既存のグラウンドレベルにせり出してフェンスを増設しただけのところが多いですが、グリーンスタジアムのフィールドシートは、グラウンドレベルからさらに掘り下げてシートを並べた「ダッグアウト」形式。

最前列に座るとその目線はグラウンドレベルになります。

地を這うようなゴロが迫ってくる。

投球練習を受けるキャッチャーの背中が自分の目線の上にある。

まさにグラウンドレベルからゲームを追いかけるその臨場感はたまりません。

おっきなレンズに生き甲斐をかける「カメラ女子」にもオススメの席です。

それを彩るボールパークに描かれた野球と神戸という街を表現して描いた作品を描かせてもらったわけです。

ただ、オリックスとの出会いは、もう少し遡ります。

僕はといえば、野球選手には憧れていました。

そして、絵を描くことも好きでした。

初めて、自分の描いた絵が出身地である名古屋市から賞をいただいた時も、野球を描いた作品でした。

左利きなので、左打ちの谷沢健一選手に憧れ、マウンドでまさしく”舞い踊る”ような熱い投球とパフォーマンスで活躍した郭源治投手のファンでした。

名古屋で育った僕は、当たり前のごとく中日ドラゴンズから野球に目覚めました。

同郷出身のイチローさんや赤星憲広さんも、最初はドラゴンズファンだったそうです。

そんな野球小僧が大人になっても、野球小僧は野球小僧。

奇遇なことに、大学生になった1997年にナゴヤドームがオープンします。

オープニングの1期生なので、バイトの募集も職種が広く展開され、何か仕事をしたいと思うは必然のこと。

野球をやっててスコアが書けた僕は、気がついたら、ナゴヤドームの放送席でスコアラーをするという職種に幸運にも就くことができました。

スコアラーとは、大型ビジョンのスコアボードにボールカウントや得点を入力したり、放送席で実況アナウンサーの隣でスコアをつけながら放送のお手伝いをしたり。

あれ、バイトの仕事なんですよ!

当時はいまのように投球数が表示されたりなどしなかったので、

「先発ピッチャー、次が100球目になります」

こういうアナウンスは、僕らが横から教えるのでした。

ネットも普及していなかった時代なので、他球場の試合の途中経過は、統一したメディア向けの情報センターから電話がかかってくるんです。

「神宮球場、ヤクルト広沢選手タイムリーで阪神に逆転…」など、

それを端的に、スキを見てアナウンサーに伝える。

過去の対戦成績やプライベートのエピソードなど事細かな情報に膨れあがったファイルを持ち込んで、それをつぶさに引っ張り出して立て板に水で語りあげるアナウンサーに感心したり…。

普通の人ではなかなか味わえない世界を知ることができました。

そしてセ・パ交流戦もない時代。

ナゴヤドームでは、近鉄とオリックスが年数試合を主催試合として開催していました。

スタッフとして出会ったパ・リーグ球団、それもオリックス球団に僕は、運命を大きく左右されます。

とにかく発想と行動力が面白かったんです。

「人気のセ、実力のパ」と言われていましたが、この頃から人気でも「セ・リーグに負けられない」と、いろんなファンサービスや球場演出など…、とりわけオリックスはその先駆けをしていました。

オリジナルアパレルブランド

スタジアムDJ

ボールパーク(フィールドシートなど)

各種イベントの企画や来場プレゼントの数々

現在のプロ野球では当たり前となった演出やファンサービス。

全部オリックスは90年台後半から取り入れていました。

グリーンスタジアムの放送席にて。最近でも復刻ユニフォームデーでDJ KIMURAさんがお越しになると、いつも放送室まで招いてくださいます

イッチロー スゥーズキィー!!

あの声を聴いて鳥肌が立つ往年ファンは多いのではないでしょうか。

だから、ナゴヤドームにオリックスのスタッフがやってきた時は衝撃でした。

グリーンスタジアムより当然設備の良い新築のナゴヤドームに合わせて、名古屋仕様のオリジナル映像を作っていたり、当時の初代スタジアムDJであるDJ KIMURAさんはもともと本職もDJ(現在も音楽プロデューサー)だったので、球場音楽も試合展開に合わせて全部アレンジを作られたり…。

これは、令和のいまでも中日ドラゴンズはオリックスにかなわないと思います。

地元人気と土着したしがらみの中で運営をしているセ・リーグの老舗球団は、現在のパ・リーグ球団やDeNAなどの後進の新興球団にはその人気争いへの危機感や本当の意味での地域密着の取り組みの感覚がまったく違います。

人気がないからこそできたような「敷居の低い」ファンサービスもありましたが、とにかくお客様ファーストで柔軟にアイデアを練り、スピーディーに企画が動く。

そう感じた当時の僕は、がぜん「スポーツチームの球団運営やマーケティングに携わりたい」という衝動にかられ、当時からお世話になった花木さんや大前一樹さんを頼りに神戸に足を運ぶようになりました。

 


スポーツイラストレーターT.ANDOH

おもにスポーツを題材にしたイラストやデザインの創作で、スポーツ界の活性に寄与した活動を展開中。

プロ野球やプロバスケBリーグのチーム、選手にイラスト提供。

オリックス・バファローズには伏見寅威選手、中川圭太選手にロゴデザイン、イラスト提供中。

名古屋在住にも関わらず20年来のオリックスファンであり、その由来とイラストレーターの起源は神戸にある…!?

 

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