南 郁夫の野球観察日記(133)野球観察クラシックス「二軍の天使」

2022年12月3日 (文/南 郁夫)

どっぷりオフである。手持ち無沙汰である。巷でサッカーボールや日の丸が飛び交おうが、野球フェチの目には一切入らない(個人の感想です)。んなときは、記憶の扉を開けてみよう。どこに需要があるのかわからない恒例のオフ企画「クラシックス」で、ブルーウェーブを思い出そうではないか。

今回は2007年春の記憶。例によって懐かしい名前が出てくるが、追伸で事実関係を追跡してみた。そして私は当時も頑固に「グリーンスタジアム」と言っとるが、このころは確かスカイマークスタジアムでしたんよね。スカイマーク・・・まだ飛んでる?

ではどうぞ。

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「二軍の天使」

2007年4月15日 @グリーンスタジアム(スカイマークスタジアム)

ようやく春が来て、ウッキウキ。今日は特に、ウッキウキキ。年に1回か2回しかない、グリーンスタジアムで「親子試合」がある日なのさ!そこで私は天使に出会った、そんなお話である。

親子試合とはもちろん、同一球場でホームチームの一軍と二軍が続けて試合を行うこと。ファンにとっては、1日で贔屓チームの全貌が見渡せる、願っても無い日である。オリックスの場合、見渡して呆然とするのが常だが。

まずは昼間の一軍の部、ブルーウェーブ vs ホークス。

一言でいえば・・・江戸に嫁に行って出戻った小久保裕紀がひとりで点取ってひとりでエラーして点取られての・・・ワンマンショーの巻。最終回にそのエラーのおかげでブルーウェーブが3点差を追いつき、延長12回引き分け。8回まで1失点だったホークス先発・和田が可哀想すぎる。試合時間は4時間超え。あらら。二軍の試合開始は遅れるばかり。

そして夜の二軍の部、サーパス vs ホークス。

ホークスのファンにとってもたまらん親子試合なのだが、一軍試合終了からさらに1時間半も経過してから始まるとあって、二軍試合が始まる頃まで球場に残っているファンは、思いのほか少なめ。もったいない、無料なのに。そういうことじゃない?

冗談が通じなさそ~なホークス応援団もほとんど帰ってしまい、一軍試合の熱気も完全に冷めて、ひんやりした「夕暮れどきはさびしそう♪」な宵の口。時計の針はすでに7時近く。太陽光線で見慣れているサーパスのユニフォームがナイターの照明に浮かび上がった光景に抱く、変な感じ。

初春の薫り漂う「しん」としたスタンドのすみずみに鋭く響き渡る、主審白井の「プレイ!」のコール。キンセラの小説を読んでいるよな野球原風景。こんな贅沢な環境で、また最初からまっさらな野球の試合が始まるのだ。ありえないほどの至福感。「幸福」行きの切符を、君にあげよう。いらんわそんなもん。

あ、ホークスの一塁コーチは引退したばかりの鳥越裕介。まんまとコーチに・・・。ランナーの肘当てを恭しく預かっている姿は、コーチというより「下足番」。めざといファンの「とりごえ~」ちう投げやりな声援に「なにもそこまで」なリアクションでこたえて、やっぱり人生楽しそう。コーチボックスにすくっと立った姿はグラウンド上のどの選手よりかっこよい。現役感ありあり。

2階ヘブンズシートは二軍戦は閉鎖されたので、よりガラガラな三塁側の内野席に降りてきている私。周囲はパラパラとホークスファンが散在。もちろん組織だった応援はないが、それでも二軍選手相手に声援を飛ばす、さすがパ・リーグで一番やる気のあるホークスファンたち。

「的場、こんなとこにおったんかー」

「アダムちゃーん♪」(アダモちゃーん♪のフシで)

とはいえ。そんな声も散発的で、基本的には静寂が支配する二軍の世界。それがまた、たまらない。応援団の無理な盛り上げなどない方が良いに決まっとるわい、などと思っていると・・・突然、意を決したようにホークス・ユニに身を包んだ幼稚園児?とおぼしき女の子がすくっと立ち上がり、叫び出した。

「かっとあせー、かっとあせー、え・が・わ」

(江川智晃は居残りで二軍試合にも出場中)

よく通る幼児特有の声が、静かな球場に響き渡る。しかもこの子、子供にありがちな思いつき単発で叫んだのではなく、このフレーズをちゃんと連呼し始めたのである。

すると!とりとめない応援をしてた周囲が次第にその子の声に合わせてメガホンを叩き出す。子供の不安定な声に合わすもんだから、リズムはヘロヘロとはいえ。野球史上もっとも幼いリーダーに指揮されたダメダメ応援団が誕生したのである。スタンドに小規模な笑いが起こり、親密な空間ができあがっていく。

「いうても、応援ネタ続かんやろ・・・」ちう周囲の予想を裏切って、ちゃんと試合状況に応じたかわゆいフレーズを繰り出すから、もう大変。

「たいむいー たいむいー い・な・み・ね♪ (稲嶺誉)」

「ヒットに うてよ しょうたろう♪ (井手正太郎)」

「ヒットに?」とみんなの頭の上に?マークを出させながらも、的確な応援は声の届く範囲をがっちり「とりこ」にし、応援団の輪をどんどん広げていく。試合そっちのけで。スタンドが二軍戦の喜びに満ちている。

お父さんらしき人に、近くのファンらが「むすめっさん!さいこーすね」と話しかけると「博多からはるばる来て、はりきってますねんわ」だと。うわ。本場のファンや。

凡退してベンチに戻ってきた松田宣浩には、

「こんだは ホームアン! う・つ・ぞおー♪」

松田は「はっ」と顔を上げ、帽子のひさしに手をそっとそえる。少女とプロ野球選手の美しい交流。周囲は感極まって「この応援団長の子に、ボールあげてくれー」の大合唱。ホークス選手の一人が気がついて人づてにその子にボールを渡すと、やんやの大拍手。小さな応援団長は両手で持ったボールをじいっと見つめて「やったあ!ボーウだあ♪」と朝ドラ子役のような模範回答。

天使だ。天使だよう、この子は。

こんなほのぼのムードの中、試合のほうはといえば。ホークス倉野信次の調整登板で、そんな「実績あるプロ」をサーパスの連中が打てるわけはなく、一方的なホークスペース。ホークスの若手はなんかええのんばかり。サーパスは? 知らん。まあ・・・ロッテから来た先発の加藤康介(オリッにカトウ3名!)がなかなかの投球だったのと・・・あ。アレンが2本もすっげえホームラン打ったよ。アレれン。そんくらい。

次第に観客が減っていくのが子(二軍)試合の常。そらまあ、親(一軍)試合の開始から数時間経過してるので、試合が進むにつれて眠くなってもくるのだ。私?試合の詳細はよく覚えていないが、家訓を守ってもちろんちゃんと最後まで見届けたよ、子試合も。子試合のゲームセットまでが親子試合ですっ。

ちなみに。この日は例によって午前中は高校の野球部の息子の試合観戦だったので、朝から晩まで野球をただただ眺めていた、日曜日。ざっと30イニング? とほほのほ。もんのすごいプレイを見たとか、そういう収穫は一切ないけど。そんなもんしょ、野球だもの。世にも珍しい「サーパス・ユニのピンバッジ」はもらえたけど(息子に取られた)。

でも、私はきっと幸福な気分でベッドに入るのだ。

平和な春の夜、二軍の天使に会えたから。

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2022年時点での追伸:
2007.4.15を日本野球機構データで調べると、
一軍試合のスコアは延長12回、4-4の引き分け
ホームラン:塩崎(ブルーウェーブ)1号

<ホークス・スタメン>
4 本多 6 本間 7 多村 3 松中 5 小久保 8 大村 D ブキャナン 9 柴原 2  山崎 投手:和田-馬原-柳瀬
<ブルーウェーブ・スタメン>
8 大西 7 村松 3 北川 D ラロッカ 9 下山 5 塩崎 2 辻 4 水口 6 大引  投手:平野佳-高木-加藤大-カーター-吉田-岸田

二軍試合のスコアは サーパス3-8ソフトバンク
勝利投手:倉野 敗戦投手:萩原
ホームラン:辻(ソフトバンク)1号、アレン(サーパス)1,2号

<ホークス・スタメン>
8 辻 6 仲澤 7 井出 3 アダム 9 江川 5 松田 D 的場 4 稲嶺 2 高谷
投手:倉野-小椋-竹岡-佐藤
<サーパス・スタメン>
8 坂口 6筧 7 由田 5 牧田 9 アレン 3 岡田 D 相川 4 長田 2 鈴木
投手:加藤康-歌藤-萩原-山本-ユウキ-町

ひゃー。懐かしすぎる名前が並んでおる!ちなみにオリッ一軍はこの年結局「最下位」で、一軍監督はコリンズ。スタメンは近鉄色濃厚。平野佳はまだ先発投手時代。二軍スタメンにはTがつく前の岡田がいて、最後に投げた町はあの球団職員の町さんである。

ちなみに二軍試合の安打はアレンの2ホームランと相川のタイムリーの3本のみ。サーパスってマジで貧打だったな。この年入団したアレンは一軍でもまあまあ活躍したが、この時点ではセラフィニとのからみで二軍落ちしていた模様。打撃はしぶといものの期待のホームランは4本のみ(一軍)で、この年限りで解雇。今に続くオリッ外人打者定番パターンである。

ホークスの倉野信次は先発・中継ぎをこなせる投手として2004年ごろをピークに活躍したが、次第に低迷。2007年は一軍登板なしでこの年オフに引退。彼が再び脚光を浴びるのはその後ホークスの投手コーチになってから。「魔改造」と呼ばれる手腕で千賀や武田を育てた。愛すべき名選手・鳥越裕介も(意外にも)コーチとして成功。ホークスのコーチを10年務めた後、井口に請われてロッテのコーチとなり、2022年は二軍監督。人間性かな?

 


<過去コラム一挙掲載!>
オリックス、元メジャーリーガー、女子野球…ベースボール遊民・南郁夫の野球コラム集。

 

南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」ブログ「三者凡退日記」
著書「野球観察日記 スタジアムの二階席から」好評発売中!
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