南 郁夫の野球観察日記(99)野球観察クラシックス 「平野恵一が差し出す両手の先に」

2022年1月15日 (文/南 郁夫)

野球観察クラシックスの2回目は、忘れ得ぬヘッドスライディング男・平野恵一です。どんなプレイにも文字通り不屈の闘志で立ち向かい、攻守に体を張って奮闘。特に守備では内外野で「ありえない」レベルのファインプレーを連発してファンを大いに楽しませました。

平野恵のイメージといえば、水平に飛ぶ人間魚雷。体を目一杯伸ばしてボールやベースに両手を差し出す姿が目に浮かびます。小柄な体格ながら「なにがなんでも」迷いなく頭から突っ込んでいく!ときには無謀に映るそのプレイスタイルは多くのファンの心を打ち、おとなしいチームに「活を入れる」存在として歴代監督に重宝されました。

しかし、忘れもしない2006年5月6日。千葉でおなじみの強風に流されたファールフライを深追いした平野恵は、一塁側フェンスに頭から文字通り「めり込んで」選手生命を危ぶまれるほどの大怪我をします。その衝撃の映像は私にはF1サンマリノでのアイルトン・セナの事故を彷彿とさせ、それでもボールは離さずにグローブを高々と差し上げた根性に恐れおののきました。

それは別に最後の1アウトというわけでもなく、普通の状況でのプレイだったのです。それを大怪我をしてまでアウトを取りに行くというか、取りに行ってしまう!後年、本人はテレビ番組で自虐気味にその自分の傾向を振り返っていましたが、身についているプロ根性はなまやさしいものではなかったとだけは、言えます。いささか狂気じみているというか…。

大怪我後、残りのシーズンはもちろん翌年にも影響は残り、怪我を公傷扱いしなかった球団との確執もあって2007年オフに濱中らとの交換複数トレードで阪神へ出されます。以下の小コラムは、移籍直後に平野恵が交流戦で初めて古巣オリックスとグリーンスタジアムで対決したときのものです。

「平野恵一が差し出す両手の先に」
2008年5月21日 @グリーンスタジアム神戸

「なにがなんでも」体ごとボールにぶつけていく。平野恵一がいつものスイングで鋭くはじき返した打球が、強い意思を持ってライト線を転がっていく…。

走者一掃の、逆転三塁打。

彼を育てたグリーンスタジアムのダイヤモンドを一目散に駆け抜けた平野恵は、人気チームに移籍したことで全国区になった「ヘッドスライディング」で三塁に到達。と。鬼気迫る表情で「何か」を激しく叫んで三塁ベースを右のこぶしで殴ったのだ。「手の骨でも折れたんじゃ?」と心配するほどの、激しい勢いで。

何を叫んだのかはわからないが「憎悪」にも近い感情が彼の体全体からほとばしり、私をたじろがせた。そして感じた。平野恵はこの瞬間に、オリックスそしてグリーンスタジアムと本当の本当に訣別したのだよなあと。

この渾身の一撃だけで、彼はオリックスが失ったものの「すべて」を古巣チームに見せつけたのだ。そして、昨オフからの自身のいろんな思いを吐き出したのだと思う。

しかし彼はすぐに「すっ」とそんな表情を消し、両チームのファンの歓声を受けながらしらっと立ち上がるのだ。そして、胸に付いた泥をいつものように払い落とす。数限りないヘッドスライディングの後の、おなじみの仕草で。

平野恵はすでにタイガースの顔だ。どんなチームに行こうがあれほどの情熱を野球にぶつける選手はいないのだから、当然だが。いつだってどこでだって、平野恵は目一杯体を伸ばして、両手を前へ前へと差し出してきた。その先に何があるのかなど「どうでもいい」ことのように。

そんな選手を放出するチームが替わりに得た選手は…「ぽよーん」とした顔で気が向いたら打つだけなのである(ごめん、ハマちゃんに悪意はありません!)。

グリーンスタジアムでタイガースのユニフォームを着た平野恵を見ると、胸が苦しくなってしまう。我々は失ったものの大きさを、これからしみじみと感じていくのだなあ…などと思っていたら、なんと!この試合の敗戦後にオリックスのコリンズ監督が辞任表明。

平野恵が「また」オリックスの監督を辞任させてしまったのだ!実は、2003年シーズン開始直後にまだまだヒヨッコだった平野恵が敗戦につながるひどい大落球をしたその日、石毛監督が解任されている。

なんだか怖い。

*後日談:2013年に平野恵は訣別したはずのオリックスにFAで復帰。2015年で引退するまでそれなりに活躍し、ファンを楽しませた。

 


<過去コラム一挙掲載!>
オリックス、元メジャーリーガー、女子野球…ベースボール遊民・南郁夫の野球コラム集。

 

南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」

ブログ「三者凡退日記」

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