南 郁夫の野球観察日記(109)あをによし 大和國に球音響く

2022年4月18日 (文/南 郁夫)

知らない球場に行ってみたい。日本中に知らない球場がある限り。野球好きなら誰もが抱く願望かもしれません。グリーンスタジアム神戸のような天国が、日本のどこかにまだまだあるのかも。あるなら見たい。最近そういう探求ができてなかったなあということで、行ってまいりました。近くて遠い、いにしえの都の野球場に。久しぶりのファーム観戦です。

ひらがなで「かーん」と書きたくなるような乾いた音を響かせて、オリックス・平野大和くんの放った痛烈な打球が、外野芝生席の私に向かってまっすぐ飛んでくる。中日のレフトとセンターも、スパイクの音を規則正しく響かせてこちらにまっすぐ走ってくる。どうやら、白球の標的は私のようなのである。

おなじみの「ひゅるひゅるる」という音がどんどん顔に近づき、あかん!と思った瞬間、私は万歳をしたようなみっともない格好で芝生に仰向けにひっくり返り、その50センチほど左に着弾!ボールはポーンと弾んで後方の木々に消えていく。まさにそのとき。背後から神々しい風がざっと吹いて木々を鳴らし、私は寝っ転がったままアハハと笑ってしまう。風にからかわれた気がしたのだ。

風が吹いてきた方向には、大和國畝傍山麓の神武天皇陵(橿原神宮)。打ったのは奇しくも、大和くん。私が寝転んでいる気持ちのいい芝生は、奈良県立橿原公苑野球場(佐藤薬品スタジアム)の外野芝生席である。4月16日(土)、私は初めてこの球場に来てみた。久しぶりの地方球場巡礼日帰り旅。ウエスタン・リーグ公式戦オリックスvs中日。

阪神間から阪急・JR・近鉄を駆使した才気ほとばしる英雄的乗り継ぎで(アプリに従っとるだけやろが!)2時間弱かけてお昼過ぎにたどりついた、この球場。御陵に隣接する地に作られた球場という意味では伏見球場(京都の伏見桃山城運動公園野球場)にちょっと似ているが、作りはもっと立派でほぼ神戸サブレベル(なんでもこの球場が基準)。つまり適度に立派な地方球場である(あらゆる球場が「地方」球場なんだけど)。

「屋台出店」とチームHPに書いてあったのでせっかくだからそこでと思ってたのだが、たこ焼きとラーメンの二択。で。ご当地ラーメンと名打った「天理ラーメン」500円を食べてみた。私はラーメンになんの情熱もないので(サッポロ一番塩ラーメンで十分)まるで参考にならない感想だが、白菜(キムチ?)たっぷりで普通に美味しかったで~す。

いかにも現地学生バイトという売り子から入場券(当日1200円)を購入し、とりあえずバックネット裏の上の方に着席。場内は何かイベントでもあったのだろう、複数の少年野球チームの子供とその保護者などで大盛況(発表観客数:1484人)。両チームのスタメン発表だけで大拍手のノリノリの盛り上がりなのである。

二軍とはいえ普段なかなか見れないプロの選手を見れる地元の方々のワクワクが伝わってきて、嬉しい気持ちになる。参考までにスタメンをば。

中日:9渡辺 6土田 5三ツ俣 7郡司 D高橋周 8加藤翔 4堂上 2大野奨 3石岡 P松葉

オリックス:3佐野如 4大城 5野口 6園部 7来田 9池田 D平野大 8元 2中川拓 P増井

まずツッコミどころが両軍の先発投手だが、野手を見ると中日は高橋周と大野奨という一軍レベルが出場、オリッは注目の若手ズラリということで期待が高まる試合前。ところで堂上ってファームに20年くらいいてる気がする。

サックス独奏というアバンギャルドな君が代演奏(私だけが笑いそうに・・)に続いて、メンバー表交換をする監督は、片岡篤史と小林宏。続く始球式は少年野球から選抜された投手だったのだが、なぜか私の隣の少年が「なんで子供?」「なんで子供?」「届いてなかった!」「届いてなかった!」と真っ赤な顔でずっと激怒していて、笑えた。自分もやりたかったんよなー?可愛い。

さあ、試合開始。奈良の皆さんやプロ野球選手に憧れる野球少年少女たちに、プロのレベルを見せつけたろやないか!まずはプロ13年目で去年まで2億の年俸を取ってた増井投手が、二軍選手なんか歯牙にもかけないレベルのピッチングを披露して・・・あ、あら?あら?あら?全くストライク入らず、3連続四球からタイムリー、暴投、タイムリーで初回4失点でボロボロ・ポンコツやないか!

そばにいたオリッ・ファンらしきおばあちゃんは、増井がさらに3回に3点取られたとき「なーんこれ!」と立ち上がって叫んだ。ほんま、なーんこれ!

相手の中日・松葉もテンポはいいけど締まりのないピッチングだわ、両軍に凡エラーちょこちょこ出るわで、3回までにオリッ3-7中日の大乱戦。神武天皇、怒るぞ!ちうかなり恥ずかしい試合内容に、最初は息をひそめて試合を見ていた野球少年少女たちも次第に「ざわざわざわざわ」。なかなか進まない試合展開におとなしく座ってられるはずもなく、ガキの常としてそこらを走り回るわ遊び出すわ側転するわの混とん状態に。

それでも、ちらほらいる大人の野球ファンたちは乱戦を楽しんでいて、私は後ろの席に座ったカップルがあまりにも詳細なファーム情報を交換しているのを興味深く拝聴。オリッ二軍選手たちの「詳しすぎる」近況や聞いたこともない地方球場のアクセス方法やら近隣のお店情報などなど。どういう関係なのかわからないが、二人ともコアな野球ファンという男女関係って歯止めが効かなくていいのか悪いのか?この二人、最後は「若月と若月の嫁さん(声優の立花理香さん)はどちらが有名か?」を試合そっちのけで熱い論議をくり広げていたことを付け加えておく。で。どっち?

4回が始まる時点ですでに1時間を経過。いささか試合に飽きてきた私は、窮屈なバックネット裏席から見える開放的な外野芝生席がとても魅力的に思えてきた。同じ値段でどこにでも座れるので人気がないのだろうが、外野席にはほとんど人がおらず広々としていて寝っ転がれそうなのである。何事も一瞬も我慢しない私は、すぐに移動。

おお!芝生席はとってもピクニッークな雰囲気で、気持ちいいぞ!手足を思いっきり伸ばすと、いにしえの都の穏やかな空気が頬をなで、歴史の息吹を感じるようだ(適当)。さすがに寝っ転がると空しか見えないので、体育座りでグラウンドを眺めると… ああ全然風景が違う。野球が完全に背景となり、主役はくつろいでいる自分だ。これは… 大和のヘブンズシートやないか!というところで、冒頭の大和くんのホームランが飛んできたわけだ。

すると、すっかり試合に飽きてボールが欲しいだけの少年たちが「ここにホームランが飛んでくるんや」「ホームランボールだけはもらえるらしい」と都市伝説のようなことを口々に叫びながら私の周囲にわーわーきゃーきゃー集まってきて、せっかくのヘブンズシートが台無しに。

そこからルーキー池田陵真くんのホームランも出たりしてオリッが同点に追いついたり、くんずほぐれつの試合展開になったのだが。私も少年たち同様すっかり試合への興味を失って、とろけるような春の陽光でいい気持ちに。遊園地と化した外野芝生席に催眠術のように延々とくりかえされる「だーるまさんが転んだ」「だーるまさんが転んだ」という少年たちの遊び声でトランス状態になって、意識がフェードアウト… 。

試合結果は9-9の引き分け。野球の風景がひたすら平和に溶け込んで、大和國は素敵に夕暮れていくのであった。うーん、いい気分だけど、そろそろ帰るとすっか。

もちろん、橿原神宮で神武天皇にご挨拶してからだけど。


<過去コラム一挙掲載!>
オリックス、元メジャーリーガー、女子野球…ベースボール遊民・南郁夫の野球コラム集。

 

南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」ブログ「三者凡退日記」
著書「野球観察日記 スタジアムの二階席から」好評発売中!
https://kobe-kspo.com/kspo/sp145/

 

 

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