南 郁夫の野球観察日記(139-1)駿河国・草薙球場東征記

2023年3月17日 (文/南 郁夫、写真/Yasutomo)

「知らない球場に行ってみたい」シリーズ。今回は、静岡草薙球場である。ちょっと前に専属カメラマン(兼秘書)から「オリッ、草薙でオープン戦やるで。日帰りで行ける」と言われて「おおっ」と即決。小さい頃から何度も聞いたことがあり「いつか行ってみたい」球場だった、草薙球場。「いつか」は即実行しなきゃならぬお年頃の、私なのである。3月15日の朝、乗り慣れないラッシュ時の電車に乗り込み、いざ駿河の草薙へ!

道中はおなじみの、新幹線車窓妄想。新大阪を出て名古屋越えたあたりから沿線に増えてくるいろんな企業の工場を眺めながら「あの工場で働く自分の1日」を想像…。帰りにコメリ寄るんかな?などと想像して遊んでる間に、あっという間に2時間足らずで静岡である。ええ?奈良の橿原球場行ったときより所要時間短いかも。なんで?

静岡駅周辺は予想外の大都会だし(初静岡なのである)、そこから在来線でほど近い球場周辺も「すき家」や「丸亀製麺」が並ぶ、普通の街中の光景だ。交通量も多い。私は「草薙」という言葉の響きとヤマトタケル伝承のイメージで勝手に「田園風景」を想像していたので、大いに面食らう。しかしながら市街地とはいえ、北に山・南に海(駿河湾)と阪神間を連想させる地形のせいか馴染みのある開放的な空気を感じるなか、草薙総合運動公園を発見。

草薙球場は草薙総合運動公園内にある一施設であり、正式には静岡県草薙総合運動公園硬式野球場。名前ながっ。壮大な敷地の公園内には軟式野球場や陸上競技場、体育館などスポーツ施設がぎっしり。山中にある神戸の総合運動公園とは違って、それが街中に忽然とあるかんじなのだ。敷地内に入ると、おお、すぐ見えてきた。

草薙球場の歴史は古く、なんと1930年に静岡鉄道により開設(後に静岡県に寄付)。1934年に行われた日米野球で沢村栄治がベーブ・ルース相手に快投したことは有名である。1960-70年代を中心にプロ野球開催が頻繁で、改修を重ねて今の形に。1974年シーズンオフに再びこの地で行われた日米野球最終戦(対メッツ)にすでに引退表明していた長嶋茂雄が出場し、彼が最後にプレーした球場としても名高い、らしい。んなこともあって、子供の頃からよく聞いてきた球場名ではあったのだ。今年もヤクルト・巨人の公式戦が組まれているとか。

そんな草薙球場で。近年、3月は寒冷のため試合が本拠地で組めない楽天イーグルスがオープン戦を開催しており、この日はその8連戦の最終日というわけ。

おっと、球場前でいきなりスタッフと出かける、近年クジラ化を加速している楽天・石井監督に遭遇。高カロリーのランチを取りに出かけたに違いない。球場前には飲食ブースやイーグルスのグッズ売場も設営されており、宮城の球場(今なんと呼ばれているの?)に雰囲気を寄せている気がする。

入口のスロープのコンクリートがとんでもなく古く、郷愁を誘う。こういうのが好きなのだ。いくら改修しても土地の記録はどこかで顔を出す。

さあ、入場してスタンドへ!の階段にいきなり「鳥糞注意」の貼り紙で失笑。鳥糞て!

さあ、球場内へ!開門直後の11時過ぎに入ったので、狙い通りビジターのオリックスが練習中。スタンドの傾斜がグラウンドを見やすい角度で、選手が近くに感じられてよいよい。いきなり大声で「球際が弱いんじゃあ!」と叫ぶ水本コーチの声が鳴り響き、その声の先にはその子分・梵コーチのノックを受ける西野真弘が!ひゃあ、ベテランが叱られとるわ。

朝起きた時は兵庫県宝塚市にいたのに、お昼前には静岡で平和にプロ野球選手の練習風景を眺めている… ビバ!気楽で自由な生活(個人の判断です)。試合とおんなじくらい練習風景が好きかも。野球ってええなあ~と思える瞬間だ(個人の感想です)。

この球場、さすがプロ野球開催仕様のスケール感がありつつ、広すぎず開放的で適度に清潔で「ちょうどいい」。外界の音(消防車のサイレンや上空のヘリのエンジン音)が聞こえるのがなごむなあ。シンプルで整然と並ぶスタンド設計がかっこいい。ファールゾーンを狭くする目的で後から作られたと思われるいわゆるフィールドシート(ウイングシート指定席と呼ばれていた)がえらい広くて、特徴的ではある。選手は近いが試合が見にくそうなので座りたくはないが。

外野は天然芝だが残念ながら枯れちゃってるかんじで内野のダークな黒土とともに、そこは公営球場の趣がありあり。しかし、全面LEDのスコアボードが非常に見やすく、完全プロ仕様でムードが盛り上がる(そこに衝撃の表示が出るのだが、それは後ほど)。

グラウンド上にはラオウや森、福田、宗、中川、新外国人などが見当たらずオリッ的には「そういう遠征」なのだなと納得。若手(と当落線上のベテラン)がずらりいる中、静岡県出身の紅林弘太郎にはスタンドから熱い声援が飛んでいた。24の応援ユニを着たファンも多数。しかし私はこのとき、紅林に関して重要な事実を発見してしまったのである。

紅林だけ!帽子のツバの丸いシールを剥がさずにプレイしている!

大阪アメリカ村の兄ちゃんやあるまいし、野球選手でそんな奴おるか?んーでも、今年からオリッの帽子が「ニューエラ」製に変更されたことを考えれば、ヒップホップカルチャーでは「ニューエラ」の帽子のシールは剥がさないのがお約束なのは、事実。そこで、考えられる可能性は…

1) 紅林は剥がし忘れている

2) 紅林は都会にかぶれてオシャレをしている

3) 紅林は常に何も考えていない

どれでしょう?

んなことはともかく、試合前に円陣を組んだオリッ選手たちが見せた「海外旅行で添乗員の説明を必死で聞く田舎者」ような表情はファーム試合のそれであり、一軍の光景ではなかった。そういうスタメンで、試合はスタートしたのである。

いきなり結論を言えば。この日はずうっとセンターからホーム方向に強風が吹いており、ほとんど打球が遠くに飛ばない貧打戦に終始。強風をものともしない「草薙剣」を持った打者はおらずで、やたらセカンドゴロばかり見た気がする。両チーム打撃陣がほぼ爪痕を残せない中(しいて言えば途中出場の楽天・辰巳涼介の打球は格が違った)、両軍投手陣はそれなりの結果を残す。

オリッ先発の小野泰巳#130(阪神から移籍してきた29歳)はまずまず球の力ありそうで4回1失点だが、突然制球を乱すクセがとーっても気になる。選手名鑑にも「課題は制球力」とまんまな指摘。頑張れ。

対する楽天の先発・早川隆久はシーズンオフに肘の手術を受けたとは思えぬ力強い投球で、5回無失点の勝利投手。本人がヒーローインタビューで「順調すぎる」というほどの調整ぶりで、今年は活躍しそうな予感である。それにしても、何から何まで彼の大先輩・ソフトバンクの和田そっくりに見えるなあ。

あとは、オリッの村西良太のサイドスローが堂に入ってきてるとか、楽天投手陣がみんなやる二段モーションは誰が教えとるん?とか、そんなもん。

盛り上がりどころのそれほどなかった試合を見つめるのは「平日の昼下がりに時間がなんとかなる」平和な観客、パラパラの入りで公式発表2290人。主催チームの楽天よりオリッのファンの方が多そうに見えたのは、さすがチャンピオンチームの人気?まあ両チームの本拠地を考えればちょうど中間地点で戦ってるわけで、それでも応援団まで来ているのはたいしたものである。

で。普段あまり見ることのない楽天応援団(おそらく本拠地の)にずうっと注目していたのだが、ラッパの演奏が秀逸でいちいち面白い。よくあるユニゾンの一直線な「パパラパパラー」と違って、ちゃんとした楽曲演奏になっていて常にハモりパートまであるのだ。目を凝らして見てみると、なるほどトランペット2本にトロンボーンという構成で、音に厚みがあるわけだ。彼らのなんとなくジャジーな演奏が高い空に響いて、気持ちよかった。

そして!楽天応援団の中に見つけたこの母娘の光景に、私はすこぶる心を打たれたのである。草薙の女神降臨である。

鈴木大地が例によって打席に「ぴょんぴょん」してから入るたびに、この女の子もぴょんぴょんして自作の「大地の似顔絵」を掲げて踊るのだ。か、可愛いったらありゃしない。ほのぼの心温まる、野球情景。こういうのを私は愛す。大地は打点は上げたが3タコで守備でトンネルまでやらかしてたが、んなことはどうでもいい。

さて。この試合中にプロ野球史上初?の事件が起こったので最後にお伝えしておこう。1回表終了時に、例の素晴らしいスコアボードにこんな表示が映り…

畳み掛けるように、衝撃のアナウンス

「ウエルシア静岡国吉田店の駐車場に京都ナンバーの黒のアウディを駐車されているお客様、速やかに車の移動をお願いします。移動しない場合は警察に連絡いたします」

き、君はこんなアナウンスを、まがりなりにもプロ野球一軍の試合中に聞いたことがあるか?村祭り会場やあるまいし。で、アウディの人、京都から来て近所のドラッグストアに「失礼しますえ」と停めちゃったの?甘く見ちゃったの?静岡を。それにしてもなんでバレたの?応援ユニ着て車から球場に直行した?その店でトイレットペーパー買って車内に積み上げるくらいの細工はできんかった?など、球場中の観客がいろんな考えをめぐらせながら目をキョロキョロさせて慌てて外に走リ出す犯人を探す光景が、大いに笑えた。

試合終了は午後4時過ぎ。スコアは以下の通り。

その頃には試合序盤は晴れてて快適だった空が曇天となっており、駿河湾からの強風がちと肌寒い。名残惜しいが、んじゃ帰ろうかと球場を後にし、静岡駅で食事を済ませて新幹線の待合室に行くと… スターバックスでスーツ姿の太田と野口が普通にコーヒーを注文中。売店ではお土産?を買っている西野がいるし。ワーともキャーとも言われない、これが日本一のプロ野球チームのリアル。

昭和の野球選手と違って。いまどきの選手はスーツを着ればみんな「返事だけはいい若手営業マン」にしか見えない。よほどのコアな野球ファンでもない限り、駅ですれ違っても見逃してしまうだろう。んが。実は彼らには大きな特徴があるのでお教えしておこう。

めっちゃ、香水の匂いする。

今日はシャワー浴びてる時間がなかったのかな?にしても、振りすぎちゃうか?というわけで、新幹線の駅で過剰な香水の匂いがすれば、野球選手がおるということを覚えておこう。

オリッ選手と同じ新幹線で帰阪して、今回の日帰り遠征ミッション、終了。これで今後「草薙球場」と聞いたとき、中継で見たとき、正しい想像ができるようになったわけである。成長成長。

楽しき「知らない球場に行ってみたい」シリーズ、次はどこかな~?

次ページは、専属カメラマンの写真集をどうぞ~。

 


<過去コラム一挙掲載!>
オリックス、元メジャーリーガー、女子野球…ベースボール遊民・南郁夫の野球コラム集。

 

南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」ブログ「三者凡退日記」
著書「野球観察日記 スタジアムの二階席から」好評発売中!
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