スポーツイラストレーター T.ANDOH の「OUTSIDER’s ReCALL」(180)ウイニングカルチャーの原点 川辺泰三HCのプロバスケ人生

2026年3月20日(イラスト・文・写真/T.ANDOH)

こんにちは!
スポーツイラストレーターの T.ANDOH です。
前回に続き、神戸ストークスを率いる川辺泰三ヘッドコーチ(以下HC)の独占インタビューの続編をお送りしたいと思います。
前回は、川辺HCが描く「ウイニングカルチャー」の構築とその現在地についてお届けしました。
今回は川辺HC自身のキャリアや、そこから生まれた「プロ意識」について、うかがったお話を紹介したいと思います。

現在はB2リーグ首位を走る神戸ストークスを率いる川辺HCですが、そのキャリアのスタートは、名古屋から始まりました。
じつは僕は、川辺HCとは現役時代からのお付き合い!
現役生活もコーチ転身後も、名古屋という舞台で活躍された川辺HCを近くでも拝見していたんです。


※三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ時代の川辺HC

大阪で生まれ、甲南大学でバスケットボールをしていた川辺HCでしたが、名古屋ダイヤモンドドルフィンズの前身である、実業団の三菱電機ダイヤモンドドルフィンズに入団をしたことが、プロ選手への第一歩となりました。

「僕が社会人でプレーしていた頃は、まだ“プロリーグ”というものがなかったんですが、すぐにbjリーグができて、衝撃を感じたことがありました。」日本のトップリーグは、企業チームによる実業団リーグ。
会社に所属しながらバスケットボールを続けるのが、トップ選手にとっての当たり前の形でした。
しかし2005年、日本初のプロリーグとしてbjリーグが誕生します。

「ある日の東京遠征、代々木第二体育館で僕らが試合をやる前日に、同じ会場でbjリーグの東京アパッチの試合があったんです」
「僕ら移動日でその試合を見に行ったのですが、その時の会場のショーアップぶりや、会場まで続く幟の数、盛り上がるファンでいっぱいになった会場を見て、カルチャーショックを受けました」

さらに翌日に、自分たちの試合となった時の同じ会場を見てさらにびっくり!
昨日までの熱狂はどこへやらの状態で、会社の行事として観戦に来た団体客はいたものの、プロリーグの「興行」との違いを大きく体現した川辺HCは、
「いつかオレも、あっちの世界に行かなアカンな」
と、プロの世界の将来性と自分たちの活路を感じたそうです。

そして川辺HCも、そのプロの舞台へと挑戦することになります。
京都ハンナリーズ、大阪エヴェッサ、島根スサノオマジックとチームを渡り歩きましたが、川辺HCの持ち前の明るくて人懐っこいキャラクターは、どのチームに移籍しても人気となりました。

この「勝ちどき」も、川辺HCの現役時代からの決めゼリフなんです。
ブログやSNSに「勝ったどー!」と書くと、多くのファンが反応をして、会場でもファンが一緒に拳を上げるようになりました。

僕も思います。
川辺HCは現役当時から、まさに「アイドル」選手だと。
持ち前のキャラクターでファンを呼べる。
それは、プロリーグにはもってこいの人材だったとも思います。
島根で引退をした時には、当時では珍しかった「引退セレモニー」も催され、多くのブースターに送り出された現役時代でした。

引退後は選手生活から一転!
家業だった結婚式場の運営会社に入り、レストランウェディングのできる飲食店経営の道に進みます。
このときも、シェフを呼び寄せてレストランの強みを作り、ウェディング以外にもイベントを企画するなど、じつは”経営者”としても手腕を振るったのでした!
だから、「泰三さんはこのままレストランもうまく切り盛りしはるんやろな」と、僕も思っていました。

ところが、そんな川辺HCに思いがけない“転機”が訪れました。
「ある日、息子にバスケを教えていたんですけど、なかなかうまく上達しないんです」
「どうやったらバスケを上手く教えられるんやろ?」
という些細な動機でバスケ指導に対する興味が向いたとき、当時の大阪エヴェッサでGMを務めていた清水良規氏の誘いで、そのままエヴェッサのスクールコーチをすることになりました。

「プロの現場って、やっぱりすごいんですよ。コーチ研修で教わったことをそのまま伝えただけなのに、ちゃんと上手くなるんです。」
プロの現場では、技術の教え方、練習の構成、選手の育成方法まで、すべてが体系的に整理されています。
そのメソッドの可能性を、あらためて実感したんだそうです。
家業の傍で始めたコーチ生活でしたが、コーチングを学ぶにつれて息子のバスケの腕も上達したことを感じた川辺HCは、(教える)プロの世界にも興味が湧いてきます。

そして、
「コーチとして、バスケの世界に戻りたい」
奥さんに相談すると、
「やってみれば」
と、あっさりと奥さんが背中を押してくれたことに、川辺HCの心には雷が落ちたような衝動があったそうです。
そしてレストランを整理し、当時B2だったファイティングイーグルス名古屋にアシスタントコーチとして入団を果たしたのでした。

ファイティングイーグルスで8シーズン。
アシスタントとしてコーチングの面白さを学び、3シーズン目にはヘッドコーチへ昇格。
そしてヘッドコーチとして3シーズン目でB2優勝を果たし、B1チームのヘッドコーチとして手腕を発揮。
今シーズンからは神戸ストークスのヘッドコーチとなりました。

選手として見てきたプロの世界。
そして指導者として関わるプロの現場。
両方を経験する中で、川辺HCはある確信を持つようになります。

「プロになって成功すれば“人生変える”ことができる」
前編でもあげた言葉ですが、努力次第でチャンスを掴める。
自分の力で道を切り開ける。そこにプロとしての重みと、おもしろさを実感されています。
だからこそ、そこには覚悟も必要です。
実業団時代は、会社に守られてプレーができた。
それがプロになると、誰かに守られるのではなく、すべてを自分の力で掴みにいく。
その覚悟こそが、プロという世界の本質だと思います。

川辺HCがいまストークスの選手たちに唱え続けている「ウイニングカルチャー」。
この精神も、「プロである」ということの真価を教えていると思います。
神戸ストークスはプロチームとして、まさしく街に支えられ、ファンに支えられて運営しているチーム。

あらゆる面で注目もされ、評価もされる立場にあるなかで、練習への向き合い方。
チームメイトとのコミュニケーション。さらには日々の生活にいたっても自己管理をし、そして自分自身の課題とどう向き合うか。
日々の小さな積み重ねが、プロ選手としての価値を作っていくのです。
そのおもしろさと、その裏にある確固たる覚悟と、これからB.PREMIERというトップリーグを構築していくプロバスケットボールの世界への展望が、チームの原動力となっている。

ましてストークスは、B.PREMIERを目指し、GLION ARENA KOBEを建設したのですから、そのスケールの大きさは!
街の文化も変えようとしていますよね。
川辺HCは、自身が生き抜いてきた「プロの世界」の生き様を、いま神戸のヘッドコーチとして体現しているんですね。


※サインをしてくれた川辺HC。現役時代のサインは”Taizo”でした。
アイドル選手”Taizo”から”川辺”コーチにサインをあらためたのも、今の“立ち位置”を表していると思います。

 

明るく、ポジティブで、誰とでも気さくに話す。
そんな川辺HCの人柄は、すっかり神戸でも定着してきました。
しかしその姿勢の奥には、プロの世界を生き抜いてきた人間だからこその強い信念があります。

新しいアリーナ。
そしてB.PREMIERという新時代。
神戸ストークスがこれから進む道は、日本のプロバスケットボールにとっても新しい挑戦です。
その中心でチームを率いる川辺泰三HC。
選手として、そして指導者として見てきたプロの世界。
そこで感じてきた「可能性」と「覚悟」が、今まさに神戸ストークスというチームの未来を形作ろうとしています。

 

※イラスト・写真の転載・無断使用はご遠慮ください。使用をご希望の場合はK!SPO編集部までご連絡ください。


スポーツイラストレーターT.ANDOH

おもにスポーツを題材にしたイラストやデザインの創作で、スポーツ界の活性に寄与した活動を展開中。
プロ野球やプロバスケBリーグのチーム、選手にイラスト提供。
プロ野球選手には、伏見寅威選手(オリックス・バファローズ→北海道日本ハムファイターズ⇨阪神タイガース)、中川圭太選手(オリックス・バファローズ)にロゴデザイン、イラスト提供中。
名古屋在住にも関わらず20年来のオリックスファンであり、その由来とイラストレーターの起源は神戸にある…!?

 

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