南 郁夫の野球観察日記(168)野球とゲーム

2024年2月9日 (文/南 郁夫)

野球が恋しい。野球場が恋しい。2月も半ばになるとこの気持ちがピークに高まるのが、野球観察者。

キャンプ便りは聞こえてくるが、それでは飢餓感は癒せない。恋しくなるのは野球という精密なゲームの「仕組み」であり、平凡な公式戦そのものであり、「好機に凡退」や「先頭打者に四球」など、リアルな野球のワンシーンなのである。

「なぐさめに野球ゲームなんてどうだろう?」毎年オフになるとこう思う。あれこれ調べてみるのだが、なんにつけキー操作が苦手な私は購入に踏み切れない。ゲーム技術を磨きたいわけでなし、いくらリアルに作られていても逆にデフォルメされていても、ゲームのビジュアルが馴染めないというのもある。「一人で野球盤」も考えたが、それではちょっとアレな人だし。

野球ゲームで過去に一番理想に近かったのは、うん十年前にフロッピーで売られていたアメリカ製PCゲーム。テキスト表示のみで試合ができるモードを悪用し、その当時派遣されていた大企業オフィスでMLBペナントレースを敢行したものだ。操作といえばリターンキー押すのみで、画面にはテキスト(英語)しか出ないので絶対にバレなかったのである。このゲームのおかげで、いまだに野球英語にだけは異様に詳しい。

テキスト表示だけで面白いのかって? だからこそ面白いのだ。私がプレイするチームに選んだのは、そのとき野茂英雄が所属していたデトロイト・タイガース(ってことは西暦2000年)。タイガースの試合はBSでほぼ中継されていたので、選手の顔も球場の雰囲気も対戦相手のアメリカンリーグ中地区のチームの選手も頭に入っている。つまり、テキストだけで十分「脳内野球」が展開できるわけである。

スタメンを決めて要所で采配を振るうだけで(相手チームは自動)プレイ結果が ”2-run Dubble into the gap”のように表示されるだけのゲームなのだが、私の脳内では野茂のフォークが高めにすっぽ抜けてアスレチックスのジェイソン・ジアンビが左中間に弾丸ライナーのタイムリーツーベースを放ち「のしのし」セカンドベースに到達する姿、野茂がそちらをチラリとも見ずに涼しい顔をしてニューボールを要求する姿が再生される。この妄想力、怖い?

今でもあのゲームあるのかな?と先日ネットで探したが英語の説明がわからんし入手方法もわからない。そこまでの情熱も根気もない。日本の有名野球ゲームにも監督モードはあるらしいし、私が好きな遊び方もできるのかなあとも思うのだが、ずるずる考えているうちに本当の野球が始まってしまう…これを毎年オフにくり返しているのでそこまで野球ゲームがしたいわけでもないのか。なんそれ!ちう話である。

とかなんとか、野球ゲームのことを考えていると必ず思い出して本棚から取り出す本があるので、そちらをご紹介したい。数ある野球小説の中でも傑作中の傑作というか「怪作」の誉高き「ユニヴァーサル野球協会」(著/ロバート・クーヴァー)である。

ある種の野球ファンの精神と野球文化の深淵を、これほど残酷に描き切った小説はないだろう。主人公はサイコロ3つと9種類の「一覧表」を使った超複雑な野球ゲームを独自考案し、想像上の8チームからなるリーグ(ユニヴァーサル野球協会)を作り上げ、毎日自宅の机の上でペナントレースを続ける中年の独身男・ヘンリー。

驚くことに各チームの選手(21名×8チーム)は名前、入団年、容貌、経歴、個性の全てが彼の想像上の産物。ゲームの間、ヘンリーの脳内では各選手のプレイの詳細はもちろん試合前セレモニーや観客の野次、選手の独り言や監督の悪態までもが再生され、成績はその日の全試合終了後にオリジナル用紙に書き込まれてきちんとファイルされていき、その数がなんと56シーズン分。

ヘンリーは次第に妄想と現実(いちおう事務員)の区別がつかなくなってどんどん常軌を逸していき… というストーリーなのだが、次第に明らかになるそのゲームのルール詳細と、そのルールゆえ狂っていく主人公の描写が秀逸。実は私も小学生の頃、授業中に「鉛筆の6面」を使った独自考案の机上野球ゲームをやってスコアまでつけていたので、身につまされる描写が多々あるのだ。

とはいえ、ヘンリーとの大きな違いが私を妄想ではなく現実に引き留めてくれた。

「ヘンリーにとって野球ゲームくらい面白いものはない。実をいうと実際の野球はヘンリーにとって退屈なだけだった。面白いのは、むしろ記録や統計であり、選手個人と球団、攻撃と守備、作戦と運、偶然と規則性、体力と知力といったものの間にある奇妙なバランスだった」(本文より抜粋)

いちおう… 私は、目に見える実際の野球の光景の方が好きである。

ので、今年もゲームに足を突っ込むことなく「こちら側」に踏みとどまることができた。「野球とゲーム」と言いながら、結局ゲームはしていないというお話である。ヘンリーの結末の方に興味がある方は「ユニヴァーサル野球協会」を、ぜひ一読いただきたい。ほぼ全編が彼の妄想なので、万人にはおすすめはできないが…。

 

南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」ブログ「三者凡退日記」
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