南 郁夫の野球観察日記(134)ワーオ!吉田正尚、ボストンへ移籍決定!
2022年12月9日 (文/南 郁夫、写真/Yasutomo)
なんだかあっけなく、というかんじで吉田正尚のボストン・レッドソックス入団が決まった。水面下で話がついていたのだろうが、昔と違って最近はクリーンかつシステマティックに移籍するので、あっけなく感じてしまうのかもしれない。そして我々は、なんのわだかまりもなく、彼に「おめでとう」と言えるのである。
オリックスで育ち、自身の成長とともにチームを上位に押しあげ、ついには自らのバットで日本一、すぐ球団に申し入れて年内にMLB移籍決定・・・という吉田正尚のストーリーは、彼の規格外の弾道のようにあまりにも鮮やかで高速で「らしいなあ」と思うのだ。ズバッと結果を出し、行間を与えない。彼のプレイスタイルそのままである。
ご存知のようにメジャー志向は強く、最初の背番号34は憧れていたナショナルズ時代のブライス・ハーパーあやかり。リーグは違えどついにそのハーパー(現・フィリーズ)と同じ西地区の名門球団に入団した正尚の喜びはいかばかりか!あの伝統ある(ころころ変わらない)ボソックスのユニフォームを着たメジャーリーガー・吉田正尚がフェンウェイパークで活躍する姿を一刻も早く見たい気持ちでいっぱいだ。ファンも皆、同じ気持ちではなかろうか。
そう。なんのわだかまりもない。正尚はオリックスで全てをやり切ってくれた。2015年ドラ1。2018年に磐石のレギュラーになってからは、首位打者2回、最高出塁率2回、ベストナイン5回・・・慢性貧打で外国人も頼りにならないオリッ打線をたった一人で支えてきたと言っても過言ではない彼の功績は、計り知れない。
球場に行けば。とりあえずあの超一流のバッティングだけは見れる、という安心感。オリッをプロチームたらしめてくれていた、正尚の技術。異次元の打球を何度も何度も見せてもらった我々ファンは、敵チームのファンでさえ幸福であり幸運であったという他はない。かつてのイチローがそうだったように。
バッティングって「性能」だよな、ということを彼ほど体現してくれた選手はいない。右へ、左へ、吉田正尚の意図した打球が途方もない確率でヒットゾーンあるいはスタンドに飛んでいく。いとも簡単に。私は彼を「営業車の中に一台だけフェラーリが混ざっている」と表現してきた。
「いやいや努力あっての・・・」と思いたい人も多かろうが、私は某チームメイトのこんな証言を得ている。吉田正尚は「誰よりも遅く球場に来て、誰よりも早く帰る」と。まあ、球場外で密かに「何か」をやっているのかもしれないが。とにかくエンジン(性能)がすごい。ドライバー(本人)の技術とメンタルもすごい。あとはシャーシ(身体)とのバランスだけ。それが正尚なのである。
普通のバッターなら、ファンは感情移入ができる。例えに出して悪いが、「杉本、なんで逃げる球を追っかけるんや!」「ほしがるなや!」など(だから人気があるとも言える)。そして、少なからず事実もその通りだ。でも正尚の場合は・・・彼が打てなければ相手投手がすごかったか、彼の何かがちょっと狂っただけに違いない。ファンは「ああ、次は打つんだろね」と思えばいいだけ。つまり、他人がつけ入る行間がない。そこが痛快なのである。
もちろん正尚は、クールな精密機械なわけではない。すでに歴史の一部となった、今年の日本シリーズ第5戦のサヨナラホームラン。あの場面で明らかに「狙っていた」彼の熱い気持ち、そしてそれを正確に冷徹にやり遂げた技術に震えたし、反面、なぜかユーモラスに見えた彼にしては珍しい「万歳ポーズ」が、嬉しかった。あの正尚が、万歳をして喜んではるぞ!と。
でも私は、思う。あの「万歳」の伏線は同じヤクルト相手の1年前の日本シリーズ最終戦にあったのだと。極寒の神戸、シーズン終盤の怪我が完治せず満身創痍での強行出場のなか、最後の打席で持てる性能を全て振り絞ってようやくレフト前ヒットを放ち、ふらふらの足取りで一塁に到達した彼の姿が、忘れられない。そこでベンチに下がり、結果的にチームが延長の末にヤクルトに敗れ去るのを見つめるだけだったあの夜の悔しさが、1年後のサヨナラ弾の瞬間に爆発したのに違いないと。熱い名シーンだ。
実際に目撃した名シーンも数限りないが(「執念」直撃ホームランなど)、私が忘れられないのは・・・まだレギュラーになる前の、2017年の京セラでのとある試合。入団2年目ですでに鮮烈な打撃を示しながらも腰の怪我で休んでいた彼が復帰した試合の、初打席である。いきなり度肝を抜く弾丸ライナーをライトスタンドに突き刺した迫力に戦慄したのと同時に、その瞬間、近くの座席にいた「あの」マレーロの恋人(必ずスタンドにいることで有名だった)が発した「ワーオ」が、いまだに耳に残って忘れられない。
そのとき思った。私らはすんごい打球を見ても「おおおおー」くらいしか言えんけど、吉田正尚の打球にはそれ以上の感嘆符が必要だ。なるほど、ネイティブ発音の「ワーオ」こそがふさわしいのだな、と。その頃から、正尚は「ワーオ」としか言いようのない選手なのである。そして今まさに(まさたかに)、彼には本場の「ワーオ」が待っている。MLBの開幕が、待ち遠しい。
もちろんオリックス的には、彼が抜けた穴は途方もなく大きい。ブラックホール級に。んが。そんなの野球にはよくあること。そんなときはいつだって、残った選手でやっていくしかない。それを楽しめるのが、ファンなのだ。もちろん、来年のオリッも楽しみなのである。
とても清々しい爽やかな気持ちで、こう言えることが嬉しい。
吉田正尚くん!君のプレイとチームへの貢献を決して忘れない。
グッドラック!&いつでも帰っておいで。
<過去コラム一挙掲載!>
オリックス、元メジャーリーガー、女子野球…ベースボール遊民・南郁夫の野球コラム集。
南 郁夫 (野球観察者・ライター) 通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」ブログ「三者凡退日記」 |
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