南 郁夫の野球観察日記(81) THANKS KOBE!オリックス大下誠一郎、鮮烈のデビュー
2020年9月23日 (文/南 郁夫、写真/Yasutomo)
やっと神戸に球春が訪れました。もう9月なんですが。コロナ禍で変則日程を余儀なくされた今シーズン、当初8試合予定されていた神戸開催試合はキャンセルとなり、購入していた「神戸シーズンシート」は涙の払い戻し。新日程での神戸開催は9月15、16、17日に「THANKS KOBE がんばろうKOBE 25th」と銘打たれた、わずか3試合のみとなったのです。 それでも。やってくれはるだけありがたいやないか、というわけで。「もちろん」3日連続でフル参戦してきてきました。
暮れなずむ夕空に、西から東へボーイング737がのんびり飛行機雲を描き、シートノックの音が「かーん」「かーん」と空に吸い込まれていきます。やはり屋外の球場は最高! これこそが、野球です。言えば叱られますが、応援団がいないので野球音が細部にわたって気持ちよく聞こえます。暑くも寒くもない絶好の初秋の神戸の空気がたゆたう中、グラウンド上にはあの25年前のブルーウェーブ・ユニを着たオリックスの選手たち。今年もこの貴重な観戦スタイルが失われなかったことに感謝して、神戸シリーズの開始です。
3連戦の初日の試合前。グラウンドで102番をつけた見知らぬ「ずんぐり体型」が準備体操をしている。あれは誰? バットボーイ? いえいえ育成(6位)ルーキーの大下誠一郎くんでした。前日に出場選手登録され、いきなりこの日のスタメンに抜擢されたんだとか。昨今の「しゅっ」としたオリッ男子とは異質の容貌の選手が、ユニが間に合わず打撃投手の102番を借りているという、まさにその「異形」な光景に、試合前からスタンドはなんだかざわめいています。
昨年末の新人選手入団発表記者会見 での私の彼への第一印象は「昔の政治家みたい」(名前からして)でしたが、試合開始時に爆発的な勢いで「うおー」と声を出してグラウンドに飛び出していく様相はまさに、高度成長ブルドーザー代議士。あるいは中堅土建業の親父。とはいえ、まだ22歳なので顔は可愛いんですが。そのなんともコミカルな光景にスタンドでは軽い笑い声が起こりましたが、まさかその小一時間後に!このルーキーが停滞するチームを変える大仕事をやってのけるとは…。このとき誰も、誰も予想していませんでした。
1点ビハインドの2回裏。こっちまで緊張する彼のプロ初打席は、いきなりランナー2人の大チャンス。大下誠一郎は必死の形相でフルカウントまで粘った末に、6球目をフルスロットルでジャストミート。打球は低い弾道でレフトへ一直線。火がついたイノシシのように1塁ベースを回った彼は、ホームランを確信してからもその勢いでダイヤモンドを一周し、大口を開けてわけのわからない声を出し続けながら、両手を変な角度で振り回して、大騒ぎの味方ベンチに転がり込んでいきます。
育成ルーキーが一軍公式戦初打席で、逆転3ラン・ホームラン? えええ?
突如現れた救世主への歓声というより「どよめき」が、後続の打者が凡退して知らない間にチェンジになるまで収まりませんでした。淡々と黒星街道を歩んでいたチームの「何か」が変わった… そんな気配を現場でありありと感じました。サード守備についた彼への(応援団主導でない)自然発生の美しい拍手は、しばらく鳴り止みませんでした。
そこから! 若きエース・山本はぐうっと目を覚ましたように圧倒的な投球をビシビシくり広げ、相手の楽天イーグルスをまさにねじ伏せます。そして攻撃中も守備中も大下の「ナイスボール!」「いくばーい!」「レッツゴー!」という聞いたこともない桁外れな音量の掛け声がスタンドの隅々まで響き渡り(有観客なのに)、球場は大下色に染まっていきます。あの伏見の声すらかき消すほどの、ものすごい声。
山本と立った、もちろん初のお立ち台。大下は北九州方言丸出しで喜びを爆発させ、ファンの心をわしづかみ。このチームにはあり得なかったキャラの出現に興奮を隠せない、神戸シリーズ初日でした。
2戦目も、大下旋風は止まらず。前日のサードからファーストに回った大下は「守備があかんのでは?」という周囲の声をかき消す積極的なプレイを展開し、不安を払拭します。フライが上がったときに上げる「ガリガリガリガリ」(I Got It)という掛け声は、隣の野手どころか外の総合運動公園を散歩している人がびっくりして固まるやろというほどの大音声で、度肝を抜きます(後で中継録画を見たらアナウンサーが失笑してました)。
「初打席だけの人」になったらあかんぞーと思っていたら、この日もしっかりヒットが出た大下の勢いを受けて、先発の田嶋はサウスポーの理想形と言えるしなやかなフォームからびっくりするようなストレートを連発し、プロ初完封で覚醒を遂げます。そして、やっと一軍に定着する活躍を見せてくれている中嶋ボーイの一人・ラオウ杉本のカブレラ級の大ホームラン(2階席端の構造物直撃)が飛び出し、オリックスが連勝を果たすのです。
最後の3戦目は点の取り合いとなり、惜しいところまで追い詰めましたが3連勝はならず。それでも最後まで「前のめり」になっていたオリッ選手たちの姿勢や、やっと40番のユニフォームが届いた大下の泥まみれのプロ初ツーベース、代打出場したT-岡田の美しいホームランなど、見どころの多い試合で大満足。今年の神戸の野球は楽しく終わりを迎えました。
まだまだシーズンは続きますが、なんだか流れが変わったように思います。やはりオリックスには神戸が似合うのな、と思うこの気持ちはノスタルジーに過ぎないのでしょうか。
余談ですが、2戦目の試合前に球場外でNHKの取材を受けました。この日はBSの中継だったようで、NHK的には「がんばろう神戸」の切り口で震災当時からのファンを探していたのでしょう。そんなところにレアな「DJ」の24番Tシャツを着て通りかかった私は、飛んで火に入るなんとやら。取材者の意図を汲んだ(こらこら)模範的な思い出話をしゃべったら、中継のイニング間にレポーターが話すエピソードに採用され、その画としてカメラで抜かれたようです。
「神戸の被災者にとっては魔法のような2年間(95、96年)でした。救われました」とかなんとか。
そのあとの「石毛・レオン時代も愛していますっ」などの変態発言は震災とは関係ないので「なかったこと」にされていました。確かに優勝した年のことは忘れられないけれど、それまでも、それからも、ずうっとこの球場で野球を楽しんでいることこそが何事にも代えがたいことなんだよね、と心の中で補足しておきましょう。
神戸の野球が失われませんように! 願うことはそれだけです。
<過去コラム一挙掲載!>
オリックス、元メジャーリーガー、女子野球…ベースボール遊民・南郁夫の野球コラム集。
南 郁夫 (野球観察者・ライター) 通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」
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