南 郁夫の野球観察日記(149)最強のおとなりさん 頓宮裕真の覚醒

2023年7月2日 (文/南 郁夫、写真/Yasutomo)

7月に入った時点で今年も首位争いをしているオリックス。好調の要因の一つは間違いなく、突如起こった「頓宮裕真の覚醒」であろう。
現在ダントツのパ・リーグ首位打者。左に右に鋭い当たりを連発して威風堂々クリーンアップに座り続ける頓宮を、シーズン当初に誰が予測し得たであろうか?打席に入る44番がこんなに頼もしく見える日が来るとわ!

2018年ドラ2(ドラ1は太田椋)。2019年開幕戦でルーキーながら5番サードでデビューしていきなりタイムリーを放つなど、当初からバッティングを高く評価されていた頓宮。しかし慣れない守備で失策を重ねた上に打撃不振や骨折などもあり、その後は一軍と二軍を行ったり来たり。捕手へのこだわりもあり悶々と日々を過ごすことになる。私はその当時、別件での舞洲取材の際に一人で黙々と打撃練習をする彼を目撃したのだが、暗い表情をしていたのを覚えている。暗い表情の頓宮は、怖い。

しかしようやく昨年、81試合出場と一軍定着の兆しを見せるも、優勝のかかったシーズン終盤に「チャンスで腰砕けの凡フライ」を量産し、なんとなくチャンスに弱い印象をファンに与えてしまった頓宮。
それでも首脳陣の彼の潜在能力への期待が揺るぎないものであったことは、日本シリーズ第3戦で4番を任されたことでも明らかであったのだが。

そして今年。ファーストやDHに定着してシーズン序盤から打席でドッシリ構えて「びしっ」とレフト前ヒットを放つ彼が、そこにいた。でもチャンスでは…? お!「びしっ」とタイムリー。「頓宮がチャンスに強くなって本当に良かった」私はなんどもこう叫んだ。
がしかし!4月12日楽天戦で頓宮は頭部直撃死球を受けるのである。ブルーシートで覆われてストレッチャーで退場という嫌な予感しか与えないシーンに、思わず絶句。ブルーシートやめて。

また長期離脱? …誰しもそう思ったが、彼の頭蓋骨は、見るからに固い。なんと4日後の16日ロッテ戦にスタメン復帰して「あはは」と3安打するのである。「あはは」だけならやばかったが。注目すべきはその内容で、ライト前ヒット、ライトへのホームラン、センター前ヒット。無理に引っ張ろうとしない姿がそこにあった。なんだか肩の力が「すうっ」と抜けたような…。ここから本当の意味で、頓宮の覚醒が始まるのである。

ボールを追いかけて腰砕けになりがちな姿が影を潜め、際どいボールはファールで逃げ、相手投手を追い詰めるだけ追い詰めて、ビシッと自分のスイングで仕留める!べ、別人やないか。
ん?別人?あ!頭部死球?「あはは」。まあとにかく焼肉・叙々苑の金トングのように仕上がった「シン頓宮」が誕生したのである。打率は天井知らずで跳ね上がり、要所では印象に残る長打をガッツーン!甲子園の最終回に目撃した起死回生同点ホームランの金属的な弾道は忘れがたい。

いまやパ・リーグを代表する右打者と言ってもいい頓宮のプレイには風格すら感じられるようになり、さすが捕手仕込みの柔らかいグラブさばきでファースト守備も良い。阪神の大山レベルになったなあと感心していたら、大山とともにオールスターにファン投票選出。3カ月で一気に全国区のスターダムにのし上がった、頓宮夢階段である。

結婚して表情も柔和になり、意外とジェントルなインタビューの受け答えも洗練されてきた彼。入団当初のパンチパーマではオリ姫に「きゃあ~♡」と言われるはずもなかったが、今年の充実した頓宮からは気品すら漂っており、男女問わずファンの人気も高まっている。
まあ…「きゃあ♡」ではないが。そして顔が売れてきた結果、オリッファンなら誰でも知っている驚愕のエピソードも同時に世間に広まることに。

「山本由伸と実家がおとなりさん」
2年後輩のスーパースターにようやく知名度が(少し)追いつき、球史に残る衝撃のこの事実も、全国区となりつつある。「おとなりさん」として漫才もやるらしい。いや、やらない。
私は「ご近所さん」程度なのだろうと認識していたのだが、マジで「となり」だとか。そ、そんなことがあり得るのか?おそるべし岡山県。

とにかく。ラオウ杉本に続き右の日本人強打者が育ったのはチームにとって大きいし、見ていて楽しい。今のところ「捕手の件」がどうなったかわからないが「史上最強の打てる捕手」になる可能性もないとは言えない。ホームランを量産すればあの微妙な「ほいさー 」が流行するかもしれないし、しないかもしれない。夢は広がるばかりなのである。

最後に。
入団記者会見で頓宮が語った言葉を思い出してみたい。

「背番号44のブーマーにかけてユーマーとファンに覚えてほしい」

これは、ないです。

 

南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」ブログ「三者凡退日記」
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