南 郁夫の野球観察日記(153)平野劇場、今夜も上演中
2023年8月15日 (文/南 郁夫、写真/Yasutomo)
僅差でリードの最終回。場内にWarning!コールが流れて、今夜もオリックスの半永久機関クローザー・平野佳寿がマウンドに登る。そのときスタンドに沸き起こる、独特の歓声と興奮。ファンの胸中には「平野なら大丈夫」という安心感と、確かな手応えを伴った「一抹の不安」が存在し、それがまたジェットコースターの列に並ぶような興奮を煽るのである。
誰が言い出したのか、平野劇場。
試合のエンディングに最高のスリルを与えてくれる、平野劇場。演目は多彩。先頭打者を出すくらいは穏やかな序章で、ときには絶体絶命の満塁にしてみせたり。3アウト目の結末も「めっちゃええ当たりが正面を突く」「きわどすぎるダブルプレー」などの劇的演出で、ファンの悲鳴まで引き出すことも多々あり。感情のジェットコースター。実際のそれと違ってたまに「脱線(失敗)」もするわけで、見てる方のスリルは頂点に達するのだ。
彼の名誉のために言えば、もちろん「すんなり」抑えることの方が多い(はず)。それでも平野劇場なんて言葉が生まれるほど大変な役割が「クローザー」、そういうことである。それを永遠に思えるほどの長い間、平気でこなしている。その事実に驚く。彼自身は、ただの寡黙なベテラン役者。大騒ぎしてるのは周りだけなのだ。チームを勝たせればそれでいい、それがクローザーだと無言で彼は教えてくれる。まれに見せるこぶしを握るだけのガッツポーズが、めちゃめちゃ渋い。
リーグV3にまっしぐらで、突然強くなったオリックス・バファローズ。その要因は色々と取り上げられてはいるけれど、この事実だけは忘れてはならない。すべては「平野佳寿が戻ってきてから始まった」ということを。2021年は46試合登板で29セーブ、2022年は48試合登板で28セーブ、39歳の今年も8月15日現在で29試合登板19セーブ、防御率0.99の大活躍である。
2006年、京都産業大から希望枠でオリックスに入団。一年目から「大学ナンバーワンの右腕投手」の評価通り先発ローテ投手として10完投、4完封を記録するも負けが先行。3年投げるも伸び悩み、肘痛や病気にも苦しみ、当時の岡田彰布監督の進言でブルペン(中継ぎ)に配置転換した。そこからMLBも含めてほぼ13年間、リリーフやクローザーとしてひたすら投げ続け、今年5月14日に日米通算200ホールド・200セーブ(史上初)という絶句するような偉業を達成。でもメディアの扱いは極めて地味、それが平野佳寿なのである。
先発投手と違って毎試合準備を要求されるブルペン投手の大変さは、彼の著書「地味を笑うな」に記されている。気が遠くなるような記録は、来る日も来る日も行われる地味な準備の集大成なのだ。フォークを投げ続ける身体の負担も相当なものだろう。でもその役割を「望まれたので感謝」だとあっさり語る平野。その実直さというかシンプルさは、オリックスやダイヤモンドバックスを選んだ理由が「最初に声をかけてくれたから」という一言に表れている。
オリッのブルペンがみんな思いっきり腕を振って胸を張っているのは、近くに平野というお手本がいるからだ。私の書籍「野球観察日記」にも収録されているのだが、ブルペン担当コーチ(当時)の別府修作さんに平野のことを尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「若い選手に言うんです。抑えても打たれても、平野はおんなじ顔してるやろ?と。(見習って)マウンドにいる間は堂々としておけ、と」
MLB在籍時に出版された彼の著書で「最後の夢」と語られていた「優勝」が、彼自身の活躍もあり2021年にオリックスに戻ってきてすぐ実現されたことは素晴らしいドラマだったし、ファンにとっては感謝でしかなかった。そしてその長い夢は、いまだに続いているのだ。
もちろん地味な準備が、あってこそ。平野はその準備も「仕事だから」と言い切る。野球に対して妙なロマンチシズムや虚栄心は一切なく、本人曰く生活も地味(らしい)。派手な発言やパフォーマンスをしない平野佳寿は、なるほど「映え」ない選手かもしれない。でも「地味を笑うな」と言い切るベテランの存在がチーム全体にもたらす影響は、計り知れない。
平野劇場、大ロングラン上演中。
途方もない実績と、地味な準備を引っさげて!今夜も最終回のマウンドに平野佳寿が登る。同じ仕草で、同じ表情で。当たり前のことではない。我々は、万感の思いでそれを見つめるばかりだ。長い長い「仕事」を経た上で彼がようやく見ている夢が醒めないことを、願うばかりである。
南 郁夫 (野球観察者・ライター) 通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」ブログ「三者凡退日記」 |
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