南 郁夫の野球観察日記(123-1)涙のコールドゲーム

2022年8月25日 (文/南 郁夫、写真/Yasutomo)

7回裏でB0-4Mの劣勢。しかしようやくオリックス打線がロッテの先発・美馬をとらえて追い上げのチャンスを作った、そのとき。ポツポツきていた雨が突然強くなり始め、みるみる目の前を白く煙らすような勢いになったところで、慌ただしく試合は中断。選手たちはお母さんに呼ばれた子どものようにベンチに駆け戻り、マウンドとホームにシートが被せられる。

久しぶりに体験する、野球場の雨。8月16日グリーンスタジアム神戸の20:30ごろの光景である。一般のお客さんは「われ先に」屋根のある場所を求めて大移動を始め、球場はカオス状態。みるみる足元のコンクリートに水が浮いてくるほどの大雨は弱まるどころか強まる一方だが、この球場に通い慣れたファンたちは慌てな~い、慌てない。

手慣れた様子で用意していた大きなビニール袋にてきぱき荷物をしまい込むと、カッパや傘に身を隠してそのまま自分の席でうずくまるのだ。ヘタに避難してしまうと椅子がずぶ濡れになって二度と座れなくなる、これ常識ね。昔からの「グリーンスタジアム原人」たちはこんな状況には慣れっこなので、湿った芝生の匂いや、土の部分にできた水たまりがカクテル光線で光る様子をのんびり楽しめる。そう、これも野球の一部だから。

に。しても… あれれ?この雨はちょっとすごいかも。そんなレベルじゃないかも。あれまお尻が濡れてきた。これは悪い兆候ですぞと思っていると、不吉なカラスのように審判がホーム付近に飛び出してくる。そして… 予想通り「コールドゲーム!」が告げられた直後に、私のポケットで携帯電話が鳴り出したのである。

それが何を意味するか、私には電話に出る前からわかっていた。8月に入ってからずうっと、施設にいる母親の危篤状態が続いていたのだ。

電話を切った後、どうやって大混乱の球場を抜け出して、ずぶ濡れ状態のまま施設に駆けつけたのか… そしてそこから数日間どうしていたのか… の定かな記憶が飛んでいる。なぜか大勢のファンたちの濡れた衣服から立ちのぼるムッとする匂いだけを妙にはっきり覚えているのが、不思議といえば不思議である。

とっくに覚悟はできていた。大往生だった。最期は静かな老衰死で心残りは一切ない。誰もがいつかは、この地上から消えるのだ。にしても、召されたタイミング(お盆の送り火の夜)があまりに劇的で、数年前に亡くなった父が連れて帰ったなあと温かい気持ちにもなる。そして、なによりも母親が試合終了を「待ってくれた」ことに驚くばかりなのである。いや、雨を降らせてそれを知らせたんではないのか?とも。

昨年末の「野球観察日記」出版をいちばん喜んでくれたのは、すでに病床にいた亡母であった。元祖女子アナで多才だった厳しい批評家の彼女が、野球に興味もないのに素直に私の文体を褒めてくれたので、有頂天になった。それから亡くなるまで、彼女の枕元には常にグリーンスタジアムが表紙の私の本が置かれていた。そして亡くなった瞬間、私は他でもないその場所にいたのだ。

まだ母の思い出を振り返るような心の余裕はないが、これまで以上にグリーンスタジアム神戸が特別な場所になったことだけは、確かである。これまでも一冊の本ができるほどの場所だったのに… 。これからこの球場で雨が降るたび、必ず私は亡母を思い出すのだ。

「親の死に目にグリーンスタジアムにいた」

こんなことは、私にしかできない芸当である。

今回、ちと個人的で湿っぽい話になってしまってすみません。

次ページではオリッ「夏の陣ユニ」写真集をお楽しみください。こうして見るとババ色も悪くはないのかなあ…


<過去コラム一挙掲載!>
オリックス、元メジャーリーガー、女子野球…ベースボール遊民・南郁夫の野球コラム集。

 

南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」ブログ「三者凡退日記」
著書「野球観察日記 スタジアムの二階席から」好評発売中!
https://kobe-kspo.com/kspo/sp145/

 

 

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