南 郁夫の野球観察日記(90)
首位攻防に蘇る!大下誠一郎の乱

2021年9月10日 (文/南 郁夫、写真/Yasutomo)


9月7日から始まった、史上初?「オリックスとロッテによるパ・リーグ首位攻防戦」の舞台は、今年最後の「ほっともっとフィールド神戸」。例年ならのんびりムードの9月にこんな緊迫した試合が観れるなんて、何年ぶりだろうか?



スタンドにもぎこちない緊張が走るなか、第1戦が始まってしばらくすると、どこからともなく「○▼※△☆▲※◎★●ぞおらあ!」「○▼※△☆▲※◎★●っしゃ〜」と、普段の神戸では聞けないような上品ではない「怒号」が、ひっきりなしに聞こえてくる。

隣席の女性は顔をしかめて連れの男性に「なんか阪神ファンみたいな、怖い人おるねえ」と話しているが、いやいや、ちょっと待てよ。この声にははっきりと聞き覚えがあるし、間違いなくこれはオリックスのベンチから聞こえてくるぞ。え?え?そうか!

あ、あの男が帰ってきた。

実は試合前に「あいつ、ほらあいつ、どうしてるんやろ?」とその男の顔がふと頭をよぎっていたのだ。名前出てこなかったのだが・・・。

昨年の9月、同じ神戸の舞台で。育成から出場選手登録されたその日に公式戦初打席・逆転3ランデビューを飾った「あの」大下誠一郎が、久しぶりにベンチにいるのだ!チーム情報通の専属カメラマンに聞けば、ワクチン副反応でお休みのジョーンズの代わりに急遽召集を受け、二軍試合中の広島から新幹線とタクシーを乗り継いで「ついさっき」到着したところだとか!

チームは、主軸の吉田正尚が怪我で不在の大ピンチ。中嶋監督としては静かになりがちなベンチに「元気」と「勢い」を与えるべく、大下を上げたのであろう。それに応えて、大下の声の出てること出てること。スタメンとはいかなかったが、よく役割をわきまえている。「駆けつけ」でいきなりようあんな声、出せるな(笑)。

しかし、その大下の途切れることのない声出しにも関わらず、試合の方は先発・宮城くんの予想外の不調(よく持ちこたえたが)と拙攻で1-3の劣勢のまま終盤へ。そして8回裏、ついに「あの曲」が場内に流れ出し、大下誠一郎が「うりゃー」とベンチから転がり出てきたのである。久しぶり〜。



そこからの「男の勲章」劇場は、現実離れしすぎて文字に起こしづらい。

「○▼※△☆▲※◎★●ぞおらあ!」の勢いはそのままバットに乗り移り、いきなりレフトスタンド最前席に追撃ホームラン!球場全体が「え?」と呆気にとられるなか、一気に空気の変わったオリックス打線はそこから追いつき、そして同点の9回裏に満塁まで攻め立てたところで、また大下に打順が回ってくるのである。

自信たっぷりで打席に入る大下は「何か説明のつかないもの」を身にまとっている。言葉にすれば「勢い」とか「気合」としか言いようがないのだが、そういう目に見えないものほど恐ろしいものはない。広島から神戸に来た「勢い」のままホームランを打った熱量はまだ十分、この打席の彼の背中から「モワモワ」と立ち上っていたのである。

これは絶対打つやん、と私は確信した。

振った瞬間「うりゃー」と叫んでいたと思う。0-1から迷いなく弾き返した大下の打球はセンターの頭を超え、サヨナラタイムリー!一塁を回った男・大下は「立ち上がったイノシシ」のように両手を突き上げ、オリッ全選手が喜びを爆発させてそこに集まる!球場は思いもしなかった救世主の出現に興奮の坩堝と化したのである。



昼間は二軍だった男が、その夜には一軍の首位攻防戦の初戦のヒーローに変身!そんな古い漫画のようなことがあり得るのか?ワクチン副反応による特例という「今だけ特典」が、このドラマを可能としたのである。

8回に大下が登場するまでは、正直言って勝てる予感はなかった。どうしても繋がらない打線に「やっぱり吉田正尚の代わりは・・・」とスタンドもざわついていたのだ。声の枯れた救世主が、新幹線とタクシーで駆けつけていたとも知らずに。

オリックスには大下誠一郎という「隠し球」がいた。隠しようがないくらいに元気だが。この首位攻防3連戦は結局、1勝1敗1分の「勝負つかず」だったわけだが、その1勝は大下がもぎ取ったのである。やはり今年のオリックスには、何かが起こる。

さあ、ここからの最終盤戦。目の前の試合を食らいついていくしかない。必要なのは「元気」と「勢い」。てことは、ベンチに大下誠一郎を常備するしかないですね、中嶋監督。大下用にアメちゃんをたくさん買っておいてほしい。

次ページは、専属カメラマンによる、今年最後の神戸写真集。




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南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」





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