南 郁夫の野球観察日記(10)スペシャルインタビュー <前編>
世界を旅したマック鈴木さんのタフな野球人生

2016年8月6日(取材・文/南 郁夫)

今回のインタビューの指定場所は、なぜか真夏の須磨海岸。約束の時間きっかりに、真っ黒に日焼けした「山」のようにごっつい男がマウンテンバイクで「スーッ」と登場。ピンクの短パンに、オシャレなシャツ。どう見ても、地元のお兄さん…
がしかし。ニコッと笑った白い歯から常人とは全く違うオーラを発している、そのお方こそ! 右腕一本でまさに世界中を「漂流」した剛腕投手・マック鈴木さん。野球観察日記、今回のインタビュー相手は、神戸の英雄・マック鈴木さんであるっ!



紹介するまでもないとは思うが、念のため略歴を。マックさんがいなければ、野茂英雄さんやその後の日本人選手のMLBでの活躍などない。まさに、パイオニアなのである。

■マック鈴木(本名:鈴木誠) 1975年 神戸市生まれ。右投手。
16歳で単身渡米。マイナーリーグで頭角を現し、93年、史上初めて日本のプロ野球を経験せずにMLB(シアトル・マリナーズ)と契約。98年メジャー初勝利。その後、ロイヤルズ→ロッキーズ→ブリュワーズと渡り歩き、メジャー通算16勝。2003年帰国してオリックスに3年在籍後、メキシコ、ベネズエラ、ドミニカ、台湾などでプレイ。2011年からは日本に腰を落ち着け、独立リーグ監督(2011)、野球解説などテレビ出演、ジムのトレーナー、少年野球指導など多方面で活躍中。

マックさんの提案で、インタビュー場所はなんと「海の家」。地元ビーチでリラックスした様子のマックさんは、さすがに目立つ。(周囲の若者はチラチラ見るが、残念ながら世代的にマックさんを知らない) ビーチサイドの、のんびりした空気の中。インタビューというより、カジュアルな野球雑談て感じで話はどんどん進み、かなーりの長時間、至福の時を過ごさせていただくこととなる。

雑談ゆえ、話はとりとめなくあちこちへ飛ぶが、できるだけ雰囲気重視で、マックさんの言葉を記していきたい。日本人的な「予定調和」という言葉とは無縁のマックさんの真実を、少しでもお伝えできれば幸いである。

合わせてマックさんの著書「漂流者」を読まないと諸事情は伝わりにくいとは思うので、ぜひ御一読をおすすめする。ただ、話の興が乗った後半は「そのまま書かないでくださいよ。編集してくださいね」というエピソードばかりで、そこが書けない。無念である。
では、とにかくマック鈴木ワールドをお楽しみください。かき氷か、大盛り焼きそばでも食べながら、どうぞ。


−−マックさんのブログ「まっく すてっぷ じゃんぷ」拝見させていただいてます。ほぼ子育て日記ですね。1歳の息子さんにも将来、野球をさせたいですか?

「うーん。自分と同じ環境が作れるかわかんないじゃないですか。嫁(クワバタオハラの小原正子さん)の方針もあるし。神戸帰ってきた理由は、子ども育てるのに海とか山とか、環境が良いってことで。その流れで彼が野球するんであればいいですね。でも勉強とか入ってくるとねえ。子どもの能力って、ほぼお母さんのDNAらしいですよ。嫁は運動神経ないんで(笑)。体だけは大きくなるやろから、それで期待ばっかりされてもかわいそうやしね。自分の弟がそうやったんです」


−−マックさんの才能は、天性のものですか?

「気付いたときには、運動はなんでもできてましたね。親のおかげ。野球だけやなくて、空手、水泳とかなんでもやらせてくれました。海で遊んだり、土日は親父が必ず相手してくれたし。親父は本当は僕を格闘家にさせたかったんです」


−−む、むちゃ強いでしょうね。で。16歳で高校(滝川第二)をやめてアメリカに。単身行かせたお父様の決断はすごいですね。

「ちょっと、****ありまして。単に力試しが好きだったのかな〜(笑)。確かに親父の決断はすごいと思います。自分の子どもを単身アメリカに行かせるか?と言われると、無理ですね。嫁が特に」


−−その時、マックさん自身の意見は聞いてもらえず、でしたか?

「そんなことを子どもに聞くから、今どきは甘い子ができるんです(笑)。家で飯食わせてる以上、(退学になるような)あかんことした子どもの意見なんか聞いてるようじゃあ、その家が間違ってるでしょ?  そんな子の意見が親に通るような家庭やったら、自分はここでインタビュー受けてるような人間にはなってないと思います。親父はすごいなと思いますよ」


−−16歳のやんちゃな少年がいきなり、アメリカ(カリフォルニア州サリナス)へ。言葉の問題は?

「例えば相撲部屋やったら、どこの国から来ても日本語覚えるじゃないですか。それと一緒ですよ。通訳なしでやってたら、英語なんて覚えますね。僕は通訳なしでやれたから、いろいろその後の人生でも、野球でつながりが作れましたし。英語がしゃべれることが、今となってはすごい財産ですね」

(海岸で猿みたいに騒いでいる少年少女をチラッと見て)
「この子らの気持ちがわからんのですわ。こんなふうに遊ぶこともなく、いきなりマイナーリーグの洗濯係ですからね。アメリカのスケールの大きい世界に触れながらね。そういうところ、自分の子どもに真似してほしいけど。僕が準備してあげて、というのは違うし。自分の力で、違う景色を見てほしい。英語はその点で武器になるので。まだ1歳ちょいですが、家で息子にはある程度、英語を教えるようにしてます」


−−洗濯係からからチャンスをものにして、メジャーへ。やはりアメリカはチャンスの国ですか?

「僕の場合は、たまたまチャンスをもらったので。チャンスを与えられずに、能力はあっても芽が出ない選手もいますよ。特にアメリカは選手の数が多すぎて、チャンスがあるか、タイミングが合うかとなってくると…運という面はあります」


−−マイナーとメジャーの差をマックさんほど感じられた方もいないと思いますが。

「メジャーの選手はまず、人格が違います。お金も地位もあって注目されると、その人の生き方が変わってきます。インタビューのされ方、ファンとの接し方も紳士だし、社会貢献もして落ち着いた人が多いです。そういう人と、付き合いましたね。マイナーは足の引っ張り合いもあるし…意識の低い選手とは友達になりませんでしたよ」




−−著書「漂流者」で、すでにメジャー昇格時に肩を壊していたと知りました。8勝したロイヤルズ(2003年)のときなんか、中継見ててとてもそうとは見えなかったです。

「肩を19歳で壊してから、それ以来まったくいい球が放れないもどかしさで、こんなんちゃう、こんなんちゃう、とめちゃ悩みました。まあでも、メジャーのマウンドに立ててるだけで幸せと思わないとやってられないなあと。もう肩は元に戻らない。戻す作業を進めてる間に他のやつにどんどん抜かれるしね。球団が僕を残してくれてる間に、ある程度のピッチングができるようにしようと。しょうがなく模索しながら、投げていました」


−−メジャー時代の最高の瞬間と言いますと?

「ボルティモア戦の完封かなあ。でもね。それを何回も軽くやるのが、野茂さんじゃないですか。能力では負けてないのに、というもどかしさは常にありました。野茂さんは「マック、お前の能力は自分よりすごい」と言ってくれたけど、すごい成績を残すのは野茂さんの方じゃないですか。持っている才能を握ったまま、離さずに戦い続けれる選手と、握ったものを離してしまう選手がいて…自分の場合は、怪我が原因なんですけどね」


−−コーチのアドバイスは重要でしょうか?

「コーチがいなくてもできてる時期もある。怪我して頼りたくなる時もある。8勝した年のロイヤルズのピッチングコーチ(ブレント・ストローム)は、いいアドバイスくれました。自分も悩んだ末にアドバイスを聞く気になってたんで、うまい具合につながりました。タイミングが狂えば、そのコーチの言うこと聞いてないしね。すべては運。運がなければメジャーで8勝もできてません。ロイヤルズは若い選手が多かったから、コーチの指導がしっかりしてましたよ。マリナーズ時代はスーパースター(グリフィ、マルチネス…)ばかりだったので、彼らは練習しないんですよ(笑)。でも、結果は出すので。そのレベルにない周囲の選手に弊害があるんです。まあでも、コーチが何言っても、やるのは自分ですから。」


−−かえすがえすも、肩さえ壊してなければと、ファンとしては思います。

「でも。肩がずっと元気でメジャーで大金稼いでたとしたら、人間的にどうなったかわからないですよ。確実に人生なめてたと思います(笑)。今みたいに子どもに野球も教えてないんじゃないですか? 教えるとしても、成功例だけを子どもに言うてると思うんですよ。なんででけへんのや?と。成功してる子は野球教室に来ないんです。失敗したり上手くなりたい子が来るわけで、その子らの気持ちを少しでも楽にできるのは、自分に怪我や成績のアップダウンが激しかった経験があったからこそ、と思うんです」


−−日本の二軍暮らしも経験されましたが、志なかばで活躍できずに消えていく選手も多いです。プロアマ問わず、マックさんのように長く野球に携わるためにはどうしたらいいですかね?

「まずプロ野球ですが、シーズン以外の給料渡したらダメですね。半年分だけ渡して、後の半年は自分でやれ、て言うたらみんな違う仕事しますから。自然とセカンドキャリアを覚えますよね。18歳の子が契約金何千万も貰って、給料も高い。与えすぎる。いい車乗って、いい時計して、パチンコして…。それには終わりが来ないと思ってる。国産車乗ってた僕に、他の二軍選手は「マックさん、なんでですか?」ですわ。でもね、成績出ないと、突然「ぽい」の世界ですよ。そしたら彼らは何もできない。マイナーリーグと日本の二軍では待遇が違い過ぎて、現実が見えてないですね」

「プロじゃない場合は、野球以外の仕事もしなしゃあないし、それはいいんだけど。でも例えば独立リーグで何年もやってたら、大金を稼ぐチャンスからはどんどん遠ざかるわけじゃないですか。やりたいことと今やってることの差が広がっていきますよね。難しいです。僕が考えてるのは、野球教室に通ってる子は、僕に英語を学べば通訳の仕事もあるかもしれない、とかね。生き方が増えるでしょ。野球だけやって、終わる日が18歳か22歳かわからないけど、そこから先の人生を考えていかないと」

−−オリックス退団後は、それこそ「カバンひとつで」いろんな国へ。

「3年間保証されてるところから、3日後の自分がわからない立場ですから(笑)。でも、結構な給料での(日本の)二軍暮らしにも「なんだかなあ」って気持ちあったから、これやこれ!って感じで、異国のその日暮らしも実は楽しかったですね。肌に合ったのは、メキシコ。人が優しいしね。ええ加減やけど、それがいいですね。アメリカと陸続きやという安心感もあるかな。どこの国でも住めるのが強みなんです。どの国にも友達いるしね」




というわけで、真夏の須磨での「野球談義」は、またまだ続きます。
後編では、マックさんが現在、力を注いでいる野球教室の話など…お楽しみに!


「漂流者」マック鈴木・著
三交社  1,296円

マック鈴木オフィシャルブログ「まっく すてっぷ じゃんぷ」
http://ameblo.jp/macsuzukiofficial/




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南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」


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