南 郁夫の野球観察日記(8)
チームを支える人たち 一軍チーフマネージャー・佐藤さん

2016年7月7日(取材・文/南 郁夫)


皆さんこんにちわ。先日の田口二軍監督インタビューの際にサブ球場で汗を流していた若者たちがどんどん一軍に上がって嬉しい、野球観察者・南郁夫です。
その代わり「二軍のクリーンアッップが凄いことになってます」なチーム状況にはあえて触れずに新企画っ!オリックスを支える人たちシリーズです。グラウンド上で選手たちがボール遊び(!)できるのも多くのスタッフたちが支えてこそ。

テレビ画面に映り込んだり、球場に行けば試合前にグラウンド上を歩いていたりする、チームに帯同している「ユニフォームじゃない人たち」はどんな仕事なのか?気になりませんか?
一般公募なさそうなのに、どうやってその仕事に就いたのか?気になりませんか?
ならない? は?バッティング練習時に外野でだらだらボール拾いするのが夢、な私はめちゃ気になりますよ。

ということで。まずは一軍マネージャーの方にお話を伺うことに。マネージャーって何をするの?
ユニフォーム洗濯したり各選手にアクセサリー手作りするわけじゃないことくらいわかるけど(当たり前じゃ)、お話を聞いてみたい! 試合のない月曜日に、ほっともっとフィールド神戸に出動っ。




<支える人(その1)>
オリックス・バファローズ管理部
一軍チーフマネージャー
佐藤 広さん(37)

−−まずは素朴な疑問です。佐藤さんは、どのような経緯で今のお仕事に就かれたのでしょうか? やはり学生時代は野球経験者ですか?

「高校まではプロを夢見る野球選手でした。甲子園出場経験もある東海大山形高です。私は甲子園行けなかったですけど、応援に行ったことはありますよ。で。同じ学年で後にプロ入りする小田嶋(*)っていうのがいまして。彼を見てると、プロに行くのはこんな奴なんだな、レベルが違うなと思って。卒業が近づくと普通に就職とか考えてたんですが。」

*小田嶋正邦:捕手、一塁手
 東海大→2001年ドラ3で横浜入団→2003年巨人戦で鴨志田から代打サヨナラ満塁ホームラン→2007年オフ、仁志との交換トレードで巨人へ→2010年引退→巨人ブルペン捕手

「そんな高三のとき、教育実習に来た先輩が国際武道大学(*)野球部のマネージャーで。その先輩に誘われて、その大学に入って野球部マネージャーを引き継ぎました。で、卒業が近づいて、また就職どうしようかなあ?ていうときに、野球部の監督さんからオリックス(ブルーウェーブ)がスタッフ探してるという話をいただきまして、関西には縁もゆかりもなかったんですが、こっちに来て。今や神戸市民です。」

*国際武道大学:
 千葉県勝浦市にある東海大系列の大学。野球部は多くの逸材をプロに輩出。オリックスでは西野、比嘉、川端、中村がOB。


−−それにしてもすごい縁ですね。マネージャー道に導かれてますよね。

「うーん。でもオリックスにはマネージャーで入ったわけではなく、社員としての入社ですから。最初は二軍(サーパス神戸)の用具担当(*)をやりまして、その後は二軍のサブマネージャーとしてチーム運営に関わり、一軍広報を経て、いま一軍マネージャーが6年目というところです。来年は違う部署かもしれませんし、それは人事異動で、はい(笑)」

*用具担当:
 バットやグローブの?と思いきや、それは選手の個人管理。ユニフォーム発注やグラウンド整備、ネット補修などの室内練習場管理などがお仕事とのこと。入来祐作氏で「用具担当」という言葉が有名になりましたね。


−−二軍がサーパス神戸の時代は、上と下でユニフォームが違ったので大変でしたか?

「絶対下に落ちないような選手の二軍ユニフォームも全て作って神戸に置いてましたよ。何が起こるかわかりませんし。基本的にユニフォームは個人管理なんですが、ある選手のユニフォームを持って走ったこともありましたねえ(笑)」


−−では、いよいよ本題です。マネージャーというお仕事ですが、佐藤さんはベンチに入られるんですか?

「私はベンチに入ることはありません。ベンチにマネージャーは一人だけ入れる規則になっていて、うちのベンチにはもう一人のマネージャーが入っています。どのチームも二人体制なんじゃないかな? 私は試合中はベンチの裏で仕事してます。」


−−どのようなお仕事を?

「私の仕事のメインは、選手の移動のすべての手配ですね。遠征先のホテルとの打ち合わせ、交通手段の段取りなどを、スケジュールに合わせて移動がスムーズに行くように、手配業務をやってます。禁煙・喫煙などのホテルの部屋割りもやりますよ。言わば、添乗員ですかね(笑)」


−−試合のある日の1日を具体的に教えてください。

「早めに球場に入り、ベンチ裏のホワイトボードへのスケジュールや申し伝えの記入ですね。そしてさまざまな備品のチェック、ミーティングの段取り、スタメン・ベンチ入りメンバー表などの作成、です。試合が始まると中に引っ込んで、あれやこれや、ですね。もちろんホームゲームと遠征先ではだいぶ仕事内容が変わりますが。」




−−選手から個人的なお願いとかされることはありますか?

「それはないですし、個人のマネージャーではありませんから、あってはならないことだと思います。職業上、特定の選手との付き合いはしないですし、そこは一線を引いて、チームとして動かないといけないと思っています。」


−−マネージャーとして心がけておられることは?

「当たり前のことを当たり前にする、ということです。普通に選手が移動できて、普通に試合できて当たり前ですから、ミスは許されません。そのための準備を怠ってはなりませんし、それでも起こった突発的事態にどう対処するか、常に考えていないと。」


−−今までで最大の突発的事態は何でしょう?

「2014年、神戸空港から札幌に飛ぶ予定便のタイヤトラブルで出発が大幅に遅延しまして、代替便もなく、なんと交換タイヤを伊丹から運んでくることになりまして(笑)。チーム総勢60名をロビーに待たせたまま、途方にくれました。新幹線なら他の便の空いた席に少しずつでも乗せて…なんてこともできるんですが、飛行機のトラブルは全員まとめて、なんでどうしようもないです。結局、ギリギリに到着して、試合開始が遅れました(*)」

*2014年9月27日の出来事。札幌ドーム入りは15時半となり、試合開始は30分遅れとなった。


−−移動・移動の日々で、身体的には大変ですか?

「慣れですね(笑)。シーズン中の休日は、家族に合わせます。シーズン以外もキャンプがありますし、普通に土日休みなんていうのは、12月と1月だけですね。」


−−そんな中、マネージャーとして「やりがい」を感じる瞬間は?

「とにかく、チームが勝つ事。あとは、大渋滞などが予想された時間的にタイトな移動をこなせたときの、ああ良かった…という達成感かな。あと2年前だったかな、最後まで優勝を争うとやっぱり嬉しいです。仕事的には大変なんですけどね。クライマックスは先が読めないので、負けたら全てキャンセルになる予約を入れるんだけど、ヒヤヒヤしながらもそういう忙しさは、嬉しいですね(笑)」


−−やはり勝利が目標のお仕事だということですね?

「勝ってこそ、というところはあります。スタッフ含めたチーム全体でやっているので。選手監督コーチ、我々や打撃投手、ブルペン捕手、広報、スコアラー、トレーナーなど、どこが欠けても成り立たない仕事ですから。優勝したら全てが報われますから、それが目標といえば目標、ですね。
でもマネージャーとしての仕事は、あくまで日々の野球が普通にできて当たり前、という部分を支えることです。何も(文句を)言われないことが一番、かな。もちろん感謝を言っていただけるときもありますけど(笑)。そこで、より良い環境を与えることも考えていかなくちゃ、てことですね。」


−−最後に。福良監督に近いところにおられる佐藤さんですが、監督はどんな方ですか?

「野球に対して厳しい方ですね。微力ですが、できる限り支えになりたいです。」


−−お忙しい中、ありがとうございました




<インタビューを終えて>
エピソードがない、エピソードがない、こんなんで記事になりますか?と終始気にしておられた佐藤さん。とんでもありません。理論的で整然としたお話しぶりにこちらを気遣うお人柄がにじみ出た、「きちん」とされた方でした。ありがとうございました。マネージャーはこうでなくっちゃな、と感じるものがありました。
「佐藤さんがいないと回らないですからっ」と今回もお世話になった広報の仁藤さんがおっしゃる通り、佐藤さんの緻密なスケジューリング能力がなければ、何も回らないのである。

試合後の球場付近で選手たちがホテルへ向かうバスに遭遇したことが何度かあるが、バスの中の選手らって、何となく修学旅行の生徒みたいにワイワイやっている感じ。
が。バスの中にはそんな彼らの移動の手配を日々、分刻みで考えておられる方がいるのだ。時計にらんで渋滞状況を考えて…ということをシーズン中ずうっとやっておられるのが、佐藤さんなのだ。

佐藤さんがおっしゃる通り「チームが到着できませんでした」なんてことがあってはプロ野球という大興業はもちろん成り立たない。試合ができて当たり前なんだけど、当たり前のことを当たり前にやるには、誰かの確実で冷静な仕事が必要だ。
明るくお話されてはいるが、日々起こりそうな突発事態を想像すると、気の休まる暇がない大変なお仕事なんだろうな、と思う。乗り換えアプリを使って完璧なプランを組んでも、それ以前に駅に着くのが「しょうもない理由で」遅れてしまう私などには、到底できない仕事である。

それにしても。高校卒業時は先輩の、大学卒業時は野球部監督の誘いに素直に従って、ずうっと流れに乗って「野球界」におられる佐藤さん。
「幸運でした」とご謙遜されるが、もちろんご自身の野球への情熱が評価されての、これもまた一つのベースボール人生だと言わざるを得ない。そこで与えられた仕事がどんな仕事であれ、それをプロフェッショナルに繊細にこなす佐藤さんの姿こそ、チームを支える人というよりチームの一部だ、と思う。

故郷の東北を遠く離れて、神戸でお暮らしの佐藤さん。シーズン中にご家族と過ごす時間が少ないのは、さぞ寂しいことと思う。きっとゆっくり休める年末年始には家族旅行を計画なさっているに違いない。ご家族は安心だ。そう。なんせお父さんはホテル手配と移動手配のプロなのだから。

と、パソコンで記事を書きながら「パリーグTV」でオリックスの中継を映したら。。試合前のベンチで福良監督の耳元に何事か伝えて、すぐ「中」に入っていく佐藤さんの姿がカメラにとらえられていた。「あ、仕事してはる!」と嬉しくなった。今日もチームは佐藤さんで「回っている」のだ。




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南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」





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