南 郁夫の野球観察日記(50)
オリックス 背番号の変遷「30」〜「39」

2018年3月27日(文/南 郁夫)


のんびりオリックスの背番号を振り返っている間に、あららオープン戦も終わりいよいよ開幕。この企画は開幕までに終わるはずだったが… 無理か。さて。私は背番号フェチなので各チームの「数字の書体」が非常に気になるのだが(そんな人いない?)、先日観戦したオープン戦で初めて間近に見たベイスターズの「ひょろっとはっきりしない数字書体」は好きでなかった。パ・リーグで言えばファイターズみたいなかんじね。この両チームはユニフォーム自体も「???」である。野球のユニは、妙にデザインして欲しくないのだ。

その点、今のオリックスの背番号書体は「カクカクっ」として私の好みである。よかったよかった。BW後期に「斜め数字」で低迷した記憶があるからか? 今のユニデザインは非常にオーソドックスで、12球団全体で見ても「いい方」と思う。やはりユニのデザインは、オールドファッションに限る。さて、オリックスの背番号の変遷。今回はそろそろ企画として成立するのかが不安な、30番台である。どきどき。


「30」
上田利治[監督](81-90)、戎信行[投](91-98)、相川良太[内](99-05)、オバミュラー[投](06)、ラロッカ[内](07-10)、三ツ俣大樹[内](11-13)、岩崎恭平[内](14-17)、K-鈴木(18〜)


プロ野球史的には江川卓があまりにも有名なためか、一般には投手がつけることが多い「30」。んが。オリッは例によって無・頓・着。そんな中、どうしても無視できないのが上田「ええで」利治監督の30番である。監督が30をつけるちう、コンサバなカッコよさ!阪急黄金時代を築き、オリックスとの橋渡しを立派に務めた(オリックス・ブレーブスとして2年連続2位!)上田監督の偉大な業績は、チームに永遠に語り継がれるべきものである。オリッは監督の背番号を永遠に30にすればよかった。選手の中では、ひょろっとした相川(葛城の親友:共通の趣味パチンコ)が好きだった。


「31」
柴原実[外](83-96)、塩崎真[内](97-10)、荒金久雄[外](11-12)、佐藤峻一[投](13-14)、小谷野栄一(15〜)



オリッの「31」といえば、(小谷野には悪いが)いまだに塩崎。FA宣言が空振りして減額残留というトホホ事件もあったが、しぶとい打撃と内野ならどこでもの守備力で現役14年間にわたって背番号31を背負い、引退後もコーチを経て現在は本社事業本部の社員という、オリッ一筋人生である。斜めに構える独特の守備スタイル、グリーンスタジアム右翼席後方の「塩崎応援エリア」を覚えている方も多いだろう。塩崎で不思議なのは、現役時代「あれ?」というほど寂しくなりかけた頭髪が、ある日「あれ?」というほど復活していたことである。余計なお世話か。







「32」
南牟礼豊蔵[外](82-89)、藤本俊彦[外](90-95)、今村文昭[内](96-98)、柳沢裕一[捕](99-00)、吉原孝介[捕](01-05)、カーター[投](07)、丹羽将弥[外](08-12)、ディクソン[投](13〜)



野手の番号という印象が濃い「32」だが、オリッでは親日家で知られる「帰化人:ディクソン」の番号としか言いようがない。アラバマ州出身でレーナード・スキナードの曲で登場するイメージとは裏腹に、インテリっぽいその風貌で多くの隠れ女性ファンを持つ、ディクソン。派手なパフォーマンスはないが、怪我も病気もせずローテーションを守り、ゴロアウトの山を築くその姿は、日本人以上に日本人ぽい。彼なしには、回らないのである。「どうしても2桁は勝ちたくない」というのなら、毎年9勝でも構わない。ナラ(奈良)ちゃんと一緒に、あと何年でもいてほしい。


「33」
中村佳広[投](89-93)、平井正史[投](94-02)、フィリップス[投](03-04)、高木康成[投](05-09)、田口壮[外](10-11)、縞田拓弥[内](12〜)



いま「33」といえばカープ・菊池であるように、最近では野手番号のイメージが強い33。が。オリッ的にはやはり95年新人王にしてリーグ優勝の立役者、平井である。リーグ優勝の瞬間(最後の打者:西武の吉竹)もマウンド上にいた彼の姿はファンの目に鮮烈に残っている。この年の登板過多でその後のシーズンは本来の投球ができなかった平井は、まさに震災年の奇跡に野球人生を捧げたのだ。本人はそんなつもりなかったろうが。それでも現役通算21年は立派の一言。ちなみに、日本球界復帰後の田口壮が33を選んだのは、元メジャーリーガーのラリー・ウォーカーにあやかってのことである。本人に聞いたので!間違いないっ。


「34」
森浩二[投](80-92)、川端泰央[投](93-00)、岸川登俊[投](01)、本柳和也[投](02-10)、小林雅英[投](11)、中山慎也[投](12-15)、吉田正尚[外](16〜)



金やんの影響で投手がつけることがほとんどの「34」。しかし、その常識を平気で覆す男が登場した。そう、吉田「フルスイング」正尚くんである。ブライアン・ハーパー(ナショナルズ)にあやかったという点が、新しい。いまどきの野球選手は憧れのプロ野球選手などおらず、いてもメジャーリーガーという時代なのだ。金やんが聞いたら放送禁止用語連発で怒りそうな話である。ちなみに国鉄時代に金やんがつけていたこの番号をスワローズは全くリスペクトしておらず、永久欠番にしていないのが笑える。それでも厄介ごとは避けたいからか、外人選手ばかりがつけているのも、大いに笑える。


「35」
古溝克之[投](86-93)、馬場敏史[内](94)、豊田次郎[投](95-99)、大久保勝信[投](01-09)、比嘉幹貴[投](10〜)



プロ野球界全体で過去をさかのぼっても、大物はいない「35」。オリッでは、黙々と頑張る現役の比嘉を推したい気持ちも強いが、個人的には2000年代のチームを抑え投手として支え続けた大久保としたい。01年に「北川に代打逆転満塁サヨナラ優勝決定本塁打を打たれた男」としてのみ球史に名を残しているような印象の大久保だが、その01年は7勝14セーブで新人王である。フォークはえぐかった。05年のオリックス・バファローズ元年には(誰も覚えていないだろうが)抑えの方程式「KKO」(菊地原・加藤・大久保)(笑)の一員として、チームを4位に導いているのである。4位ですか。


「36」
山森雅文[外](79-94)、堀江賢治[内](95)、四條稔[外](96-98)、マーク[投](99)、岸川登俊[投](00)、田村勤[投](01-02)、土井雅弘[投](03)、斉藤秀光[内](04)、下山真二[外](05-11)、金子圭輔[内](12)、平井正史[投](13-14)、高木伴[投](15-17)、山足達也[内](18〜)



そろそろ、コメントするのも苦しい番号になりつつある。「36」ねえ。近年では人気選手だったシモヤマンこと下山のイメージがだろうが、この人にも近鉄臭が…(個人的感想です)。ここはやはり、オリッ時代は選手生活の晩年だったはいえ、レジェンドである山森を代表選手としたい。なんといっても、そのホームランキャッチにより「日本人第1号米国野球伝統入り」のお方。最近でこそホームランキャッチは多いが、フェンスが低くなったからこそ。自分の背よりはるかに高いラッキーゾーンのフェンスの上に飛び乗るなんちうのは、猫の所業である。私所有の山森の野球カードは直筆サイン入り仕様。誰か買う?


「37」
渡辺伸治[捕](86-93)、風岡尚幸[内](94-97)、高橋信夫[捕](98-00)、久保充広[捕](01-02)、早川大輔[外](03-06)、辻俊哉[捕](07-13)、若月健矢[捕](14〜)



いよいよ困ってきたぞーの「37」。なぜか一般的に捕手がつけることが多い37だが、ひょっとして27が正捕手で37は控え捕手という図式なのだろか。伊藤と正捕手争いをする現役の若月も頑張ってはいるが、登場テーマ曲のセンスがあまりにもおかしいので、却下だ(賛同者多数)。BW選手に甘い私としては、早川を推す。その俊足を武器に外野手としてレギュラーをつかみかけるが、いかんせん打力が… というこのチームにありがちな戦力の代表だったが、プレイぶりはかっこよかった。藤井寺でホーム突入して怪我する瞬間も私は見た。サーパスだが。


「38」
ホフマン[投](89-91)、高田誠[捕](92-98)、ウィン[投](99)、相木祟[投](01-05)、前川勝彦[投](06)、平下晃司[外](07-08)、高島毅[内](09-11)、小島脩平[内](12〜)



「38」あたりの番号になると、番号自体のイメージは希薄。投手、野手を問わず、一軍と二軍の当落線上の控え選手番号という雰囲気が濃厚。オリッでもまさにそんなかんじなのだが、現役の小島は入団以来この番号で、まさに当落線上のプレイを続けている。どこでも守れて、わりと目立つヒットを打つ。私はなぜか球場で彼の活躍を見る機会が多く、昨年は決勝弾となったプロ初ホームランも目撃。プロ入りが遅かったので、すでに31歳、福良監督のお気に入りなのは明白なので、そろそろエレベーター選手を脱したい。選手名鑑調のシメになってしまった。



「39」
葉室太郎[捕](89-93)、三輪隆[捕](94-98)、ウィリー[投](99-00)、今村文昭[投](01-03)、野村宏之[投](05-06)、鴨志田貴司[投](07-13)、バトラー[外](14)、西野真弘[内](15-16)、小林慶祐[投](17〜)



球史的に「39」は外人選手が多い。この番号でいちばんの有名選手のデストラーデ(西武)、不良の代名詞・ミッチェル(ダイエー)、神のお告げ・なめとんのかグリーンウェル(阪神)などなど。外人が多いのはまさか… 39が「サンキュー」だから?う、嘘だと言ってよ、ジョー。オリッでこの番号を有名にしたのは、西野である。怪我さえなければの大活躍で、ルーキーイヤーに39ユニを着た女性ファンを大量に増やした功績は、大。んが。球団の期待を背負って背番号を5に変更した途端、絶不調時代到来。何度も言うが平野恵に憧れているなら9が良かったのでは? 39のまま頑張るのもかっこよかったのでは? などくどくど私に言われないよう、今期の奮起を望みたい。


というわけで、30番台、こんなかんじです。ここまでのおつきあいに、感謝。で。今後番号が大きくなるにつれ「出世番号」の要素も増えてきたりなんかして、語りづらそう〜な予感が、ひしひしひし美ゆり子である。アンヌ!
語れる番号は語る所存である。気長にお待ちください。








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南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」





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