南 郁夫の野球観察日記(17)
女子プロ野球を観に行ってきた <後編>
この胸にグッとくる感じは…なんだろう?

2016年10月17日(取材・文/南 郁夫、写真/トモ)



里投手のインタビューに続き、女子野球観戦日記。いよいよ試合開始!

フィールド上では選手たちの試合前の練習が始まる。これがきびきびと活気に満ちていて、楽しい。打撃練習では(当たり前だが)「空振り」など一切なく、守備練習では(当たり前だが)「女の子投げ」ではなく力強いスローイングで「ぴゅっ」と地を這うようなボールがお互いのグラブを小気味好く鳴らし合っている。さらに当たり前だが、外野手のバンザイなど、一切ない。もちろん、プロだから当たり前なのだけど。女子野球に先入観は禁物である。




ちょうど体格から言って、どこかの強い男子高校野球部の練習を観ているような、そんな感覚。それでいて時折彼女たちが見せる笑顔や叫び声は明らかに女の子であり、そこが新鮮なのだ。「練習観察:大好物」な私にも十分に楽しめる内容で、試合への期待が高まっていく。
おっ、グラウンド上にはJWBLスーパーバイザーの太田幸司さんの姿が。ずいぶんと恰幅が…。「プリンス」と呼ばれた太田さんの甲子園の雄姿なんて、リーグの女の子たちは知る由もないだろな。

などと言っている間に開場時間となり、お客さんがそれぞれ好みの席を確保しようとスタンドに流れ込んでくる。選手の応援ユニや帽子を着用している人も多数。もちろんオリックスの試合みたいな入りというわけにはいかないが、ちゃあんと固定ファンがいるのだ。
1塁側の兵庫ディオーネ・サイドには淡路島からラテンな鳴り物入りの応援団が多数駆けつけ、雰囲気を盛り上げている。選手の「オススメ弁当」なるものも販売されており、さっそく購入して「ふごふご」食べている間に、いよいよ女王決定戦「兵庫ディオーネvs京都フローラ」がプレイボール。




兵庫ディオーネのマウンド上に君臨するのは、もちろん先ほどインタビューに応えてくれた、里投手。大一番にもかかわらず、落ち着いたマウンドさばきで実に巧みなピッチングをくり広げていく。インタビューどおり小気味良いテンポで、ストレートとスライダー系を織り交ぜた典型的な「打たせて取る」ピッチングである。この日は意図的にコントロール重視で、丁寧にコースを突いているようだ。

3回に初ヒットを打たれた後、エラーがらみで先制の1点を取られて「完全」の夢は消えたが、味方がエラーしようが相手がバントでかく乱しようが、動じることなく要所を確実に締めるピッチングは実に堂々としており、エースの貫禄十分。フィールディングも素晴らしく、4回に京都フローラ・田口選手(スイングが素晴らしい)が放った顔面を襲う鋭いピッチャーライナーを難なくキャッチして顔色一つ変えなかった男前には、観客席からも感嘆のため息。

エースが踏ん張れば、打線が応える。兵庫ディオーネは4回裏に淡路島出身のご当地選手・川口が糸を引くような逆転タイムリーツーべースを右中間に放ち、一塁側応援団は、どんがらがっしゃんの大盛り上がり。結局、その後も追加点を加えて、里投手が残りイニングを0点に抑えきった兵庫ディオーネが4対1で勝利し、2016年の年間女王に輝いたのであった。

その瞬間、解き放たれたようにマウンドで両手を突き上げる里投手と、マウンドに集結するディオーネの選手たち。さわやかな笑顔。笑顔。湿っぽいかんじは一切ない。
大一番のこの日も里投手は被安打3、自責点0の素晴らしいパフォーマンスを見せたのである。




ヒロイン(そうか。ヒーローじゃなくて)インタビューで里投手はファンに感謝を述べ、応援団も歓呼で応える。チームが地域に密着していることが伝わってくる、とてもいい光景であった。
「親しくなった地元の人と一緒に食事したり、交流しています」と彼女も言っていたし、兵庫ディオーネと淡路市民はいい関係にあるんだろうなと思う。野球にとって実に素晴らしいことだ。
JWBL初観戦なのに、一番いいものを見せてもらって大満足。

7イニングで終了というルールながら、この日の試合時間はわずか1時間53分。イニング間も選手は全力で走り、その疾走感のある試合展開は観ていてとても心地よかった。退屈な場面が一切なかった。

そう。たった1試合の観戦で結論めいたことを述べるのは気がひけるが、女子プロ野球の最大の魅力は、その疾走感に尽きる。
投手の制球力が高いので勝負がずばっと速く、試合が軽快なリズムで展開。もたもたしたところがない。どの選手も足が速く、シュアなミートでセンター中心に鋭い打球を放ち、軽やかな守備がそれを阻む。とても心地よい野球感覚。正直、ヒット性のセカンドゴロを難なく処理して普通にダブルプレーを成立させる技術を見せつけられたときは、舌を巻いた。

そして「女子には一番難しいじゃないかな?」と思っていたキャッチャーが、どっしり構えてワンバウンドを体でことごとく止めている姿を見ていると、とても女の子がやってる野球とは思えなくて妙な気分になる。そう。グラウンド上にいるのは、全員女の子なのだ。それを忘れさせるような男前な瞬間がたびたびあり、そこが痛快。彼女たちにしてみたら当たり前なんだろうし、失礼な言い方なのかもしれないけど。

パワーの面で「見せる試合」としてはどうなのか? と思っていたのだが。彼女たちの野球を見ていると、そうではない「なにか」が心に訴えかけてくるのだ。フェンス越えのホームランはなかなか出なくとも、外野手の間を引き裂くラインドライブを長打にする、ひたむきさ。それを阻止しようと全ての野手が連携プレーに走る、ひたむきさ。
そんな姿が、実に彼女たちらしくて魅力的だ。ホームランを打って、のしのしとダイヤモンドを一周なんて、彼女らには似合わない。

戦いを終えて、キラキラした顔でグラウンドにずらりと並んだ両軍の選手たちの、まっすぐな眼差し。なんだろう。この胸にグッとくる感じは。なんだろう?

想像してみてほしい。彼女たちのこれまでの選手としての道のりを。そして、これからの道のりを。世の中に正しく認知されているとは言い難い女子野球という世界で、彼女たちが野球を続けてきた、そして続けていくことの心象風景。
安全な場所からではなく、プロという逃げ場のない世界で女の子たちが夢を追う、勇気と不安。それでもこの瞬間、彼女たちはこうして、きらきらした眼差しでグラウンドで胸を張っている。そのひたむきさに、グッとくる。なにかを思い出させて、グッとくるのだ。

まだまだ歴史が浅い、女子プロ野球。その伸びしろはいろんな意味でまだまだ無限大と見た。「野球が好きでしょうがない」ことがありありとわかる彼女たちの眼差しの先に、明るい未来が見えていることを願ってやまない。いや。見えているに違いない。





女子プロ野球は、実に清涼な風だった。野球好きなら、先入観を捨てて一度は観ておくべきものである。

今年シーズンは、この後、プロアマが日本一をかけて争う「女子野球ジャパンカップ」が開催される。これがまた大注目なのだ。もちろん里投手を擁する兵庫ディオーネはじめプロチームも出場するのだが、次代のスターである高校生や大学生たちを観られるのも楽しみだ。全国高等学校女子硬式野球大会選手権で優勝した神戸弘陵高校も出場する。これは観ておきたい。

すっかり宣伝部長になっているが、女子野球の魅力は球場で細部を見ないとわからないので、ぜひ観に行ってほしい。神戸で日本の女子野球の実力を観察できるチャンスなのだから。

グッときた。女子プロ野球を観た、野球観察者の感想である。プロ野球だけが野球ではない。




日本女子プロ野球リーグ(JWBL)公式HP
http://www.jwbl.jp




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南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」




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