アスリートな作家、草葉達也さんに聞く
教えて!元気の秘密

2016年7月20日(取材・文/K!SPO編集部)



K!SPOで人気のスポーツコラムを執筆している神戸在住の作家・草葉達也さん。44歳から始めたフットサルで、現在は心身ともに健康!というアスリートでもあります。そんな草葉さんに元気の秘密を聞いてきました。


−−草葉さんは現在53歳ということでですが、子どもの頃はどんなスポーツをされていましたか?

「私は子どもの頃からひどい喘息があり、ほとんどスポーツはしていないんですよ。運動会も出た記憶がないぐらいです。体育も中学生の頃は見学ばかりで。スポーツは観るものという感じでした。
ただ、友だちとの遊びが野球という世代なので、体調の良い時は野球をしていましたね。小学校4年生の時には少年野球に入りました。背が高かったのと走ると速いので、草野球でも長打を打つことが多く、友だちに誘われて入りました」


−−それからずっと野球を?

「まぁ遊びではやっていましたが、中学に入るとボールがなんか見えづらくなくなって、眼鏡を作りに行ったのですが眼鏡では視力が全く上がらず、病院を転々として大学病院で【円錐角膜】という、当時では10万人に1人とか言われた進行性の眼病とわかりました」


−−どんな病気なのですか?

「今は医療が発達して検査が確立されているので1万人に1人という病気で、多くが10代から発症し角膜の先がとがってくるというものです。物が何重にも見えるひどい乱視です。現在も原因が不明で、個人差がありますが進行はあるところまで行くと止まると言われています。
私の進行が止まったのは30歳を越えてからです。ハードコンタクトレンズで進行を抑えるという方法がありましたが、40年前ですので今のような高性能のコンタクトレンズも無くて。サイズも限られているので目に入れると30分も装着できないぐらい痛いんですよ。いつの間にかコンタクトレンズを避けるようになり、どんどん進行して、現在は右の視力はほとんどなく、左目も0.06しかありません」


−−それではスポーツどころではないですね…

「そうですよ。スポーツどころか車の免許も取れませんから。ただ、元々の運動神経は良かったみたいで高校の時にバレー部に入って、すぐにレギュラーになったり、頼まれてテニスのダブルスの試合に出て三回戦まで勝ったりしていました。当時は今ほど進行していなかったので何とかできましたが、18歳ぐらいにサーフィンやスケートボード、ローラースケートを始めてから、球技は全くやってなかったです」



同世代ではなく20代20代の人たちと毎週ボールを蹴っている



−−フットサルということは、サッカーの経験があると思っていましたが。

「それが学校でもした記憶がないです(笑)もちろん部活も。42歳の時にボランティアで小学校のサッカーのコーチをするようになって、実技があまりにもできないのでヴィッセル神戸の大人のサッカースクールに通いました。44歳の時にフットサルに出会い、そこからは毎週最低2回はボールを蹴っています」


−−なぜサッカーから、よりハードなフットサルを?

草葉「サッカーは接触が多く、試合で膝を蹴られて手術したんですよ。目が悪いのでロングボールを止めるトラップも難しかったですし。フットサルを始めたら、ゴールを結構決められたのでおもしろいなーと。それに、その頃に眼科関係の友人からソフトコンタクトレンズを勧められて、円錐角膜という病気はハードレンズしか無理と思っていましたが、ソフトレンズでも左目の視力が0.06から0.8まで上がることがわかり、スポーツがやれる!と思いました」


−−では左目だけでやっているということですか?

「そうです。右目は角膜移植しかないそうです」


−−そうでしたか。そんな体が弱かった草葉さんがこんなにお元気になられて、普段から心がけていることはありますか?

「お酒も飲めませんし煙草も吸いませんが、仕事柄、夜更かしや徹夜をするんですよ。ボールを蹴ればストレスも溜まらず短時間でも熟睡するので、やはりフットサルを続けることですね」


−−聞くところによると、いろいろな企業からサポートしてもらっているとか。

「53歳のおっさんですが(笑)シューズはフットサルシューズのトップブランド【デスポルチ】、ウェアもフットサルブランドのトップアパレルのアスレタに【パンタナール】を、スポーツアンダーウェアは、今、流行の【Doron】です。
スーツはJリーグやプロ野球の多くの選手をサポートしている【オーダースーツSADA】、サプリはメダリスト・ジャパンの【シトリックアミノ】にサポートしていただいています。サンフレッチェ広島の佐藤寿人選手をサポートしている商品です。
また、神戸のあんしんクリニックの【アガーラ】というスポーツクラブにもサポートしていただいています」



スポージム【アガーラ】にてトレーニング中



−−凄いですね! 選手なみですね。

草葉「凄いことです。これは私がアスリートでというわけではなく、日本ペンクラブという日本最高峰のメンバーの作家でもあり、フットサル・サッカーの普及を頑張っているということを知ってもらうようになったからですね」


−−これからはどんな活動を考えていらっしゃいますか?

「他のスポーツもどんどんやりたいですが、日本フットサルリーグのアンバサダーなので、フットサルの普及とFリーグへの観客動員のためにいろいろとやりたいですね。
それと日本における近代スポーツ発祥の地が神戸であることを、開港150年に合わせてもっと広めていきたいですね」





以前、理事を務めていた日本のサッカー発祥の外国人倶楽部(神戸レガッタ&アスレチッククラブ)でもボールを蹴る



若い世代の人たちと互角にボールを蹴る草葉さんを見ていると、子どもの頃から喘息で満足に運動できず、10代の頃には円錐角膜という難病で視力が大幅に低下した、というハンデを持っていたとはとても信じられません。44歳でフットサルに出会い、50歳を過ぎた今も、フルマラソンをはじめいろいろなスポーツに積極的に挑戦されています。
そんな草葉さんの生き生きとしたかっこいい姿は、やる気になればなんでもできるし、毎日体を動かすことが心身の元気の秘訣なんだと、私たちに教えてくれます。
スポーツを始めるのに、今からでは遅いということはありません。思い立った時が始める時! フットサルほどハードなスポーツでなくても、体を動かすこと始めませんか。




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オスカル草葉(草葉達也)1963年 神戸生まれ
作家・日本ペンクラブ会員
日本フットサルトップリーグ・Fリーグ初代アンバサダー
阪南大学講師 宝塚歌劇歴史研究家
宝塚歌劇に関する記述やテレビ出演も多数。
文筆活動だけにとどまらず、おもしろいことなら何でも首をつっこむ行動派作家である。
草葉達也公式サイト…http://oscar-kusaba.com/
著書「病気・震災105キロ」
アートヴィレッジ…http://art-v.jp/ichinen/byouki-kusaba.html



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