南 郁夫の野球観察日記(95)
2021オリックス劇場、神戸で美しく終演

2021年11月29日 (文/南 郁夫、写真/Yasutomo)



時計の針は午後11時過ぎ。最後の最後の打者・宗がセカンドゴロに倒れてオリックスがついに、ついに力尽きた瞬間。フィールドやベンチからマウンド付近に転がるように駆け集まった紺と緑のヤクルト選手たちの、熱い涙と白い息。敵地なのでBGM演出もないなか、神戸の夜空に清々しく響き渡る彼らの解き放たれた歓喜の雄叫びはダイレクトに私の胸を打ち、不思議なことに明日の第7戦のチケットも持っていたにも関わらず「悔しい」という感情は、微塵も湧かず。分厚い防寒着の中で精魂尽き果てた神戸のオリッ・ファンたちは思いのほか穏やかな顔で「終わったなあ」とこの光景を見守っていたのだ。連日の大熱戦。目の離せないすごい日本シリーズ。すでにヤクルトの選手全員が心に染み入ってしまっていたからかもしれない。



素晴らしい両チーム。あまりにもお互いの力と気持ちが高密度に拮抗しすぎて「真空状態」に陥ったかのような、グリーンスタジアム神戸(あえてこう呼ばせて)。パリパリ音がしそうな緊張と寒さの中で「永遠に続くのか?」と思われた決着のつかない第6戦。野球をやるにも観るにも限界の自然環境で体感したこの試合のことを、腰から伝わるカイロの暖かさと頬を突き刺す夜風とともに、今後何度も何度も思い出すことだろう。

いかなる運命のいたずらか、すでに本拠地でもなくなったこの球場が25年ぶりに日本シリーズ決着の舞台になるなんて。その感謝(と寒さ)に打ち震える私の目の前で神々しく繰り広げられた「由伸の141球」は、今後も全野球ファンが語り継ぐであろう「芸術作品」となった。ときおり珍しく声を発しながらの、圧倒的に美しく力強い山本の投球。その凄みはピンチのときにこそ際立ち、そして回を追うごとに輝きが増していく。8回、9回に「いったい何段変速なのだ!?」と敵味方が口をあんぐりするほど「ギヤ」を上げ続けれる投手なんて、見たことが無いだろう。この大事な試合の責任を完璧に全うしてベンチに静かに座った山本の美しい表情は、名画のエンディングシーンのようだったのである。



もちろん、試合はそれでエンディングではなかった。結局オリックスは延長12回で力尽きてしまったわけだが、この最高の舞台で限界までよくぞ戦ったと思う。特に故障を抱えた吉田正尚の最後の方の動きは見ていて心配になるほどだったが、それでも渾身の技術で最後の打席で放ったヒットの執念には本当に心打たれた。彼を含めてみんなもう「これ以上望めない」というところまでプレイしてくれたし、誰一人あきらめなかった。それでもあとちょっとだけ足りなかった「何か」が来季への収穫なのだ。胸を張ってほしい。何と言ってもリーグチャンピオンだ。君らが本当に誇らしい。





やはり、ヤクルトは強かった。最後の舞台が「極寒のグリーンスタジアム神戸」というオリッ側が仕掛けた?(嘘です)トラップなぞものともせずの(皮肉なことに引っかかったのはオリッの若い内野陣)、堂々たる試合運び。高津監督の的確な采配と選手たちとの一体感、見事なチーム構成。さすがセのチャンピオンチームである。特に私に「憎たらしい」と言わせ続けた中村くん、MVPおめでとう。インタビューの最後に思わず声を詰まらせた彼のシリーズ中のプレッシャーは、いかばかりだったことか。本当に本当に名捕手である。





そして改めて感謝を表したいのは、最後に両軍を「屋外」に連れて行ってシリーズの「格」を上げてくれた、グリーンスタジアム神戸だ。やはり、日本シリーズには晩秋の空気が欠かせない(初冬だったが…)。2021年オリッ若手大躍進の最後の仕上げに「内野陣を鍛え上げてくれた」その土と天然芝に、ありがとう。やはり内野手は自然の中で鍛えないといけまへん!でも紅林くんはまたぞろ試合中に「成長」し、最後のショートゴロを「グッと前に出て」アウトにして「見守る会」を笑顔にしていた。
(蛇足ながら、試合前オリッが珍しく行った内野ノックでなぜかフライのみの練習をしていたが、ゴロの練習をすべきだったのでは?はい。結果論です)



さて、この球場のスタンドはやはりまたいろんな風景を私に見せてくれる。ファールボールを腹で受けてビクともしない警察官(まさか防弾チョッキ?)、あまりの寒さに毛布をかぶって疲れ切った虚ろな目をして「救助を待つ登山遭難者」みたいになってる人たち(おそらく東京から強行軍で来たヤクルトファン?)。あと、防寒アウターを着たらチームユニを身につけるのはあきらめるのが普通だが(着ても内側だろう)、あきらめられない人もいた。大勢いた。ダウンジャケットの上に無理やりユニを着てユニが「パンパン」の爆発寸前になった「変身中の超人ハルク」が、あちこちに出没していた。特にヤクルトの場合「緑」なので、笑。

そうではなく果敢にも「普通に」チームユニを着ている(つまり内側はせいぜいパーカー)猛者もかなりいたが、おそらくグリーンスタジアム神戸の立地(神戸ちうても山ん中でっせ)がわかっていなかった。次第にあまりの気温の低さに耐えきれなくなり、試合中にあり得ない長い列をトイレに作ることになる。私の斜め前の方に阪急帽をかぶって#25の阪急ユニを着たおじいちゃんがいたのだが、この方が何回も何回も何回も何回も私の観戦視線を遮ってトイレに行き邪魔で仕方がない。「高井が邪魔で試合が見えん!」と叫びそうになる。本当に高井なら最終回の代打に出てほしかった。

そして。

全てが終わり、ヤクルト選手やファンのお祭り騒ぎが「日をまたぐ勢いで」続く中、私と専属カメラマンは名残惜しくこの素晴らしい球場を立ち去ることにする。グリーンスタジアムよ、また来年(の数試合)!である。ああようやく、オリッのミラクルシーズンもエンディングなのだ。とにかく今夜は早く家に帰って風呂に入って、ゆっくりあったまりたい。そして、来るべきオフシーズンに思いを馳せたい(あ、冬には私の著書「野球観察日記」が最高のお供になりますのでよろしく)…などと思いながらすでに車もまばらな駐車場にたどり着いて、びっくり。車の表面がシャーベットのように凍っているではないか。寒さで降りた霜が、凍り始めていたのだ。

選手たちは、そんなコンディションのグラウンドで戦っていたのだ。
とにかくすごい、日本シリーズだった。

専属カメラマンはこの日に加えて東京ドームの第3・4戦も観戦(つまり全部負け試合 苦笑)
次ページでは東京ドームの様子などもどうぞー




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オリックス、元メジャーリーガー、女子野球…ベースボール遊民・南郁夫の野球コラム集。





南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」




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