南 郁夫の野球観察日記(7)
カープに、鯉

2016年6月24日(文/南 郁夫、写真/トモ)



白状しよう。その瞬間、私はカープの鈴木誠也に2試合連続サヨナラホームランを「打ってほしいかも」と思っていた。「打つぞ、これは」とも。オリックス(以下オリッ)ファンの私が、である。6月18日(土)@マツダスタジアム、交流戦の9回裏。そのとき私は、野球の神様が前日に続いてまた舞い降りていることを、肌で感じていた。「それ」がわかるくらいの観戦経験は、あるのだ。

その、前日。

オリッを追っかけて広島に来ていた私は、前日の17日(金)延長12回に飛び出した、鈴木「せいや!」のサヨナラホームランの瞬間を、目撃していた。そのときの私は、サヨナラ負けを嘆き悲しむどころか、夜空に両こぶしを突き上げて喜びを爆発させる赤白のカープ選手とファン、そしてその美しい舞台であるマツダスタジアムの、それはそれは素晴らしい光景に、はからずも感動してしまったのだ。旅の感傷か? いや。カープは野球の神様の愛に包まれていたのだ。

そして、その瞬間。

次の日の18日(土)の試合は、明らかにオリッの流れだった。がしかしっ。9回裏2点ビハインドのカープに、神様は着々と2本のヒットをお与えになり、またも「あの」鈴木誠也を打席に送り込んだのである。一打逆転サヨナラ、お釣りなしの状況。まさか二日連続で同じ選手が? そう。彼は選ばれたのである。




鈴木誠也#51。

22歳4年目。カープ希望の星。東京下町生まれ。両親は彼に、お祭りの掛け声にちなんだ名前を付けたという。まじすか!

彼は見るからに「野球のこと以外なんも考えてなさそうな」奴である。「せいや!」「せいや!」である。そういう人間に、神は舞い降りやすい。「なんで打てたのかわからない」と後述した彼のバットの構えに、一切の迷いはない。オリッ炎の守護神・平野のあり得ない失投(フォークが落ちずにど真ん中)も、すべてはプログラムどおり。

「かあーん」と甲高い打球音を残して放たれた鈴木の打球は、広島の青空を切り裂き、当然のようにレフトスタンドに着弾。そのときマツダスタジアムは野球の神の祝福に包まれ、「せいや!」「せいや!」とお祭り騒ぎな赤白なファンたちの姿も美しく、「そうか。お祭りは神への奉納じゃないか!」「赤と白だし」と私は深く感動してしまったのである。オリッのファンなのに。

野球とはもちろん、勝負を争うスポーツだ。ファンとしても相手チームの勝利を喜ぶなどというのは、いかがなものか。しかし、人間の感情は止められないし、贔屓チームだけを愛するなどというのは実は危ういナショナリズムの端緒で。。などと「屁理屈」をこねることもない。とにかくそれは素晴らしい、素晴らしい光景だったのだ。

カープと、カープファン。

開門時間が間近になるにつれ、広島市街のあちこちに現れる笑顔の「赤と白」の人たち。彼らがいそいそ線路沿いを歩いて向かうのは、もちろんマツダスタジアム。ああ、素敵なマツダスタジアム。悔しいがマツダスタジアムは、その清潔さ、過ごしやすさ、楽しさで日本一の球場と言わざるを得ない。もちろん内外野天然芝。開放感あふれるスタンド設計(低いレフトスタンド後方に見える鉄道と山並み)が秀逸。そして誰でも球場を「ぐるり」一周できるコンコースと、そこに満遍なく配置された、めくるめくスタジアムグルメ(のレベルの高さ)。広島のカープファンは本当に本当に、幸福だ。




そう、カープファン。

今回、カープファンが9割9分以上いる三塁側内野指定席でアウェー観戦したのだが、オリッの応援ユニを着た私が肩身が狭い思いを味わう雰囲気など、まったくなかった。カープファンって、実に明るい。相手に点を取られても、「そんなこともあるわねー」と楽観的。どこぞの熱狂的ファンと比べてるわけではまったくないが、カープファンにはカルチャーショックを受けるくらい「ヘイト」表現がない。老若男女が楽しそうに、わっしょいわっしょい。

今回、関西のファンがいかに「働け」だの「金返せ」だの「やめろ」だの、「帰れ」だの「アホ」だの「ボケ」だの、前時代的貧困野次を吐いているのかを、痛感させられた。残念だ。カープファンからはそんなネガティブな叫びは、ただの一声も上がらない。敵にも、味方にも。彼らは、野球を「はけ口」にはしていない。

そして。カープ選手に向ける、温かい温かい愛情。男・黒田がマウンドに上がったとき、代打で新井が出てきたときの、リスペクトあふれる熱い大拍手。そこには「いいときも悪いときも」どんなときもカープを応援してきた、何があっても野球への愛でそれを受け入れてきた、という「歴史」がひしひしと感じられて、そこにうるっとしてしまう。




ありとあらゆる背番号の応援ユニを着たカープファンの赤白の背中からは、本当にカープが、野球が好きだという気持ち、みんなでカープを育てるという決意があふれ出ていて、ほっこりする。カープファンは決して「昭和の家族主義」を残しているのでは、ない。「ひとつ先」にいっているのだと思う。それは、書くのが面映いが、もっと大きな「愛」なのだ。マツダスタジアムには愛を感じる。

みんなでカープを育てる。

カープの市民球団としての成り立ち、チーム編成の潔さについては周知の事実であるが、それがいかに心地よいものであるかは、カープの聖地にいてこそ実感できる。監督は選手時代からの自軍の英雄、スタメンに名を連ねるのは、フロントがどこかから連れてきた「名前だけ全国区」のFA選手ではなく、新人のころからファンともども苦労を共にした、生え抜き鯉選手。もちろん鈴木誠也もそんな一人だ。

その場しのぎではない「若鯉を育てる」選手起用(18日の試合でも、どこかの勝利至上命令主義チームならとっくにあたふた変えてしまうぎりぎり限界まで、新人の岡田投手を投げさせていた)。ファンは納得してチームと選手をずうっと応援できる。それこそ、親子代々にわたって。次の年にクリーンアップ全員が入れ替わるなんてことは、このチームにはないのだ。ファンは安心して贔屓選手の応援ユニを購入し、しかもそのお金はチーム運営にまわるという、素晴らしい仕組み。

もちろん野球である。選手の実力が成績に直結する面は、あるのであろう。しかし、人間が出す「気の力」というのは馬鹿にならない。カープと、選手を信じるファンの素晴らしい関係を見ていると、その集合体としての明るい「気」が天に届き、野球の神様がふらっと舞い降りてくる・・そんな妄想が確信に変わるのだ。

私は土曜の試合を見た後で神戸に戻ったが、いつだってマツダスタジアムは去りがたい場所だ。で。なんとその翌日の試合でもオリッ相手に、「あの」鈴木誠也が3試合連続決勝ホームランを打ってしまった。お祭りは3日連続だったのだ。現地の興奮はいかばかりだったろう。これを奇蹟といわずして、何が奇蹟なのだろうか。

奇蹟は、ふさわしい場所に起こるのだ。




*報道によりますとー。オリッは交流戦「も」最下位の現状を受けて23日に福良監督も出席しての、編成会議。またぞろ「今後の補強」が話し合われる模様・・。みんなで選手を信じようよ。




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南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」





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