南 郁夫の野球観察日記(98)
シーズンオフ企画・野球観察クラシックス「芝草という宇宙」

2022年1月7日 (文/南 郁夫、写真/編集部)


みなさん、あけましておめでとうございます。野球観察者・南です。本年もよろしくお願いします。
さて、昨年末に「野球観察日記」を刊行させていただいたわけですが(購入いただいた方、本当にありがとうございます)その大半は2000年初頭にネット上に書き散らしたグリーンスタジアムの観戦コラムが元になっております。
モノを保存する能力に著しく欠けている私にとって(アルバム類も全て捨ててしまう)それらは奇跡的に残っていたデータの一部だったわけですが、実はですね…まだ若干、本で紹介した以外の文献があるにはあるんです(思わせぶりに言うな)。

シーズンオフはそれらを「ちょこちょこ(西本幸雄さん口調で)」紹介していこうと思います。その頃のグリーンスタジアムの空気を感じていただければなと。
初回は、昔からけっこう好きな日本ハム相手の「とある」試合の観戦記。ハムといえば、新庄新監督効果でいまやパ・リーグどころか野球界の話題の中心です。リーグ優勝までしたのに、オリックスの話題など、吹き飛んでしまってますがな(とほほ)。ハムの新ユニがどうなるかわかりませんが、2000年ごろの日本ハムのユニは正しくクラシックで、非常にかっこよかったです。

では、どうぞ。

「芝草という宇宙」
2002年5月18日 @グリーンスタジアム神戸

日本ハム戦になると必ず出現する[LOVELY宇宙29]なる横断幕。いつも人けのない3塁側の2階席の端っこで白地に赤く佇む、そのメッセージ。応援団とは関係のない場所だし、その周辺には誰もいないし。誰がいつの間に設置していつ撤収するのか?野球の応援とも思えぬその不可解なメッセージの真の意図は?謎は深まるばかりなのだ。

ハムの背番号29は、中継ぎ投手の芝草宇宙。「宇宙」と書いて「ひろし」と読ませる。そんなんありですか?「我家」と書いて「せまし」もありですか?
でも、ちと待てよ。「芝草」といえば、宇宙人がメッセージを書く場所ではないか。「芝草宇宙」という字面がすでに、オカルト。「宇宙…」とつぶやいてみる。by カール・セーガン



プロ入り14年目(2002年時点)。日本ハム一筋のベテランである。かつて初先発初完封という「普通じゃない」こともやっている彼。通算で37勝(2001年終了時点)だが、昨年はセットアッパーとして6勝。珍獣揃いのハム投手陣の精神的支柱となっているそうだ。
33 歳で「らぶりー」ですと?なんていうなかれ。つぶらな瞳がキュートでギラギラ感が皆無。選手名鑑で同じハム投手の下柳と見比べれば、両者の生命体としての進化差は、少なくとも1万年。「原始」対「宇宙」。

そして9回裏、それは起こった。

2点差を追い上げるブルーウェーブ。台湾(*)で今月分のヒットを全部前払いしたはずの三輪が、2アウトからまさかのしぶといタイムリー。ついに1点差となり、サヨナラのランナーまで出たのだ。ハムのマウンドは抑えのエース・井場。もう次の投手はいないはずだし「井場なら打てる」と、スタンドのBWファンも私もめったにないサヨナラの予感に沸き上がる。

が、そのとき。私の目の端っこに一瞬飛び込んだのは、例の横断幕。[LOVELY宇宙29]が、確かに風ではためいたのだ。「はっ」としてブルペンを見ると、まさにその宇宙人が、ブルペンからグラウンドに出るドアに「すーっ」と歩み寄るところ!なんと、抑えのエースから中継ぎの芝草にスイッチなのか!ちょっと有り得ない交代であるが、大島監督は「説明のつかないもの」に支配されていたのだろう。

誰も気がつかなかったろうが、ここで興味深いことが起こる。どうしたことか、ブルペンのドアが開かない。係の青年が半ばやけくそに「がちゃがちゃ」やるが、なかなか開かない。足止めを食らっているのは、今からマウンドに向かおうと意気込むリリーフピッチャーだ。地球上の人間ならちょっといらついた様子も見せようが、芝草は違う。じっとそれを見ながら、穏やかに微笑んでいるのだ。

と、なぜか突然ドアがすぅっと開く。係の青年は不思議そうに、頭をかしげる。

「ええ、あのとき芝草の旦那がじいっとドアを見たら、どうしても開かなかったドアが、すぅぅぅと開いたんでさぁ。おら、あんな不思議なこと、生まれて初めてですだ」(妄想)

落ち着いてマウンドに向かう芝草だが、BWファンは口々に「芝草なら、なおのこと打てる!」と興奮している。そりゃそうだ。抑えのエースを攻略したんだから。しかし。マウンド上でボールを芝草に渡す「縄文人」井場のうろたえた顔とは対照的に、受け取る芝草の超越した「らぶりー」な表情は、あくまで穏やか。未来から救世主が現れたかのようだったのである。

対する打者は、大島公一。試合再開。サヨナラの願いを乗せた大島のバットは、芝草のふわっとした初球を真芯でとらえるのである。痛烈な打球音を残し、鋭い打球がサード頭上を襲う!明らかに取れない高さで!BWファンは全員サヨナラを確信し、「おー」と腰を浮かす!そのとき。打球が「くくくっ」とお辞儀したように、見えたのだ。

ジャンプしたサード田中幸のグラブめがけて、ボールは不自然に急下降。レフト線を転がるはずのボールはグラブにかろうじて当たって田中の真下の地面に、ぽとり。田中は難なくこのボールをファーストに送り、試合終了。「???」と騒然とするスタンドを尻目に、芝草はあくまで「らぶりー」に微笑しながら静かにベンチに下がる。え?なんなんだ?今のは。ボールがどうにかなっちゃたんだけど…ひょっとしてひょっとして??

私は腰を浮かしたまま、「芝草という宇宙」を呆然と眺めるばかりであった。

ハムは、なんだかキャラてんこ盛りなのだ。宇宙人、下柳原人とルパン隼人、打たれても打たれても「まいど」岩本、新ギャオス・佐々木はじめ若くて優秀な投手陣がいるし、大砲はその名もシャーマン(呪術師)ときたもんだ。バットが使い込んだ刀に見える山賊・小笠原、宇宙より珍名・スキンヘッドの森本稀哲(ひちょり)という生命体も控えており、それらが私の心を乱すのだ。

今年はこの「ハムの詰め合わせ」から、目が離せない。現在堂々の3位。ファンクラブで配布されているらしい意外にかっこいいオレンジの帽子、ほしいし。最近私を魅了しつつある日本ハム・ファイターズという、時空の歪みに、あぁ…頭が、頭が…頭に「アホウドリ」が。マスコットも秀逸だしなあ。

*2002年5月14-15日、球界初の海外公式戦「ダイエー対オリックス」が台湾・天母球場で開催された。戦績は1勝1敗。興行は大成功だったが、ハードスケジュールでダイエーの勢いが完全に止まり、同年V逸の原因と言われた。オリックスはそもそも止まる勢いもなかった。15日の試合で先発マスクの三輪は4安打と大活躍して8-7の勝利に貢献。ちなみにその試合の勝ち投手は2番手の今村文昭。先発は戸叶。




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南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」





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