南 郁夫の野球観察日記(65)
チームを支える人たち オリックス広報担当・佐藤達也さん

2019年1月15日(文/南 郁夫、写真/トモ)


 「サトタツ」として愛されたオリックス・佐藤達也投手の引退報道に驚いた方は、多かったと思う。ここ最近はマウンドでその勇姿を見る機会が減ったとはいえ、ファンの記憶にはいまだに絶対的セットアッパー「8回のサトタツ」の印象は鮮烈である。2013-2014年、2年連続で最優秀中継ぎ投手の快挙。「ここ最近で最も優勝に近づいた」2014年の興奮は、彼の獅子奮迅の活躍なしでは語れない。そのことをファンは決して忘れないだろう。

 そんな佐藤さんが引退して球団フロント入りするという報道だけでも驚きだったのに、K!SPO編集部からさらに「驚き」のお知らせが!今まで取材でお世話になっていた広報の仁藤さんの後任として、今年からサトタツさんが「球団広報」に就任されるというのだ! なんと我々の取材の窓口がサトタツさん、なのである。さっそく、新年のご挨拶がてらお話が聞けることになり、舞洲の球団施設に伺った。
にこやかに我々を迎えてくださったのは、まだ現役感満点の佐藤さんである!


<支える人 その6>
オリックス・バファローズ 広報部
佐藤 達也さん
1986年生 
大宮武蔵野高校〜東海大北海道〜Honda〜2012-18オリックス投手


−−突然の引退報道には驚きました。決意なさったのはいつごろなんですか?

「最終的に決心したのは、発表の日(昨年10月29日)でしたね」


−−やはり… 悩まれたんですね。現役に未練はなかったんですか?

「キャンプで怪我をしたり、球団には迷惑をかけてきましたし。うーん、いろいろ考えましたが、「(球団職員として)これからも一緒に頑張ろう」というお話をいただき、決心しました」

−−もう練習をしないでいい、というのはどんな感じですか?「練習の虫」で有名でしたけど。

「いえ、練習は普通ですよ、普通(笑)でも、もう野球をしないでいいというのは、やはり変な感じですかね。こうして選手時代のように球団の施設に体を運んできているのに…」


−−社会人野球も経験しておられますし、フロントとしての仕事には違和感なく入っていけそうですか?

「いえいえ。Honda時代はデスクワークではなかったですし、まだ本当にイメージも何も、実感が湧きません。覚えることがいっぱいで大変です」


−−Hondaを経て、2011年にオリックスにドラフト3位で指名されました。プロ志向は強かったんですか?

「プロになれたらなあ、と思うことはありましたが、プロ野球選手になれたこと自体に現実感がなかったです(笑)」








−−そして2013年の途中からセットアッパーとして頭角を現します。

「怪我人が出たり、チーム事情もありまして、まだ経験のない僕が抜擢されたんですが、最初は「僕なんかでいいのかな?」と緊張してしまいました。でも、だんだん開き直って、腕をしっかり振って投げれるようになってきました」


−−そこからは素晴らしい活躍でした。マウンド上でスイッチが入る瞬間ってありますよね?

「どうなんでしょうね(笑)自分ではわからないですが、学生時代から「ピンチで顔が変わる」とはよく言われてましたね」


−−佐藤さんといえば「腕まくり」のノースリーブがトレードマークでしたが、あれはいつから?

「袖が気になって投げにくいな、と思ってノースリーブのアンダーシャツにしたら、それから結果が出まして。周りからも言われるし、ゲン担ぎもあって(笑)ずっとあのスタイルだったんです」


−−選手として一番印象に残っているのは?

「(優勝を逃した)2014年のソフトバンクとの最終戦ですね。でも一番嬉しかったのが、その年にチームで達成した「7回終了時点でリードしている試合は100連勝」という記録です。
 当時のブルペン(馬原投手、平野佳投手、比嘉投手、岸田投手ら)で成し遂げたすごい記録の中に、僕がいれたということが嬉しかったです」


−−当時のブルペンはどんな雰囲気でしたか?

「一体感があって、みんな普段でも仲が良かったですね。いい雰囲気でしたよ」


−−ファン感謝デーでの引退セレモニーでは、平野佳寿さんの温かいビデオレターもありましたね。

「あれは本当に知らなかったので… ちょっと泣きそうになりました。嬉しかったですねえ」


−−今年からは広報という形でチームに関わっていくわけですが、思うところなどはありますか? グラウンドに出たらまだまだファンの方から「サトタツ!」と声をかけられそうですけど。

「僕が前に出たらいけないので(笑)、しっかり若い選手をアピールしていきたいです。
 選手時代は優勝を経験できませんでしたので、立場は変わりますが、愛着のあるこのチームで「優勝」を経験したいです!」


−−ありがとうございました。これからも応援しています。というか、よろしくお願いします!

「こちらこそ、よろしくお願いします」



 選手としての実績がすごい(何と言っても2年連続パ・リーグのタイトルを取っている)のに、佐藤さんは偉ぶるところが微塵もない、ウワサ通り「腰が低く」「とてもいい人」であった。マウンドでの鬼の形相と、普段の笑顔のギャップが、魅力的である。現役を通して一番嬉しかったのが、個人的なことでなく「2014年ブルペンの一員であれたこと」というのが、実に佐藤さんの「人となり」を表している。環境の変化にまだまだ「実感がない」とおっしゃっておられたが、マウンドと同じように「スイッチが入れば」見事に広報のお仕事を成し遂げることを確信した。実はインタビューした日は、この後「Bsキャッチフレーズ発表イベント」が行われ、ピシッとしたスーツ姿で仕事をこなしていた。

 ここでサトタツ・トリビアをひとつ。佐藤さんといえば入団以来ずっと背番号「15」一筋と思っておられるだろうが、実は入団発表時は「25」。しかしその後、新外国人選手のイ・デホが「25」を希望したため、シーズン開始前に「15」に変更したのだ。(私のコラム「背番号の変遷」の25ではしっかりそこがフォローされている!)せっかく決まった背番号を譲っちゃうという、いかにも佐藤さんらしいエピソードなのだが「実は家に25のユニフォームもありますよ」とのこと。そ、それは貴重!
 そして、背番号「15」は、今年のドラ3、Hondaの後輩、荒西投手に引き継がれた。「佐藤達也投手のように愛される選手になりたい」と入団会見で語っている。

 お世話になった前任者の仁藤さんも、ご存知のように元・オリックス投手である。盤石の広報リレー「ニトー→サトー」ということで、これからもチームおよび、K!SPOをよろしくお願いします。今年こそ、みんなで優勝を喜び合いたいですね!








ちなみに前・広報の仁藤さんは、企画宣伝部に異動。これまで同様チームに帯同して選手をサポートしながら、チームの様子をSNSなどでファンに発信していくそうだ。

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チームを支える人たち オリックス広報担当・仁藤さん
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南 郁夫 (野球観察者・ライター)
通りがかりの草野球から他人がやってるパワプロ画面まで。野球なら何でもじっと見てしまう、ベースボール遊民。あくまで現場観戦主義。心の住所は「がらがらのグリーンスタジアム神戸の二階席」





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